marin

昨年の8月から本校に留学していたマリンさんが、帰国することになり、全校集会で帰国のあいさつをおこないました。

マリンさんは10カ月間、茶道や華道、書道、日本舞踊など様々な日本文化の授業を通してたくさん日本について学び、日本語もとても上手になりました。最後に、筆でかいた歌詞を全校生徒にみせてくれました。

 

また、さよならスピーチの前に、先日行われた外国人のための「日本語弁論」大会で発表し、「未来賞」を受賞したスピーチを披露しました。

marin2

日本でかなえる私の夢

 私の日本との出会いは、中学二年生のときです。そのころ、私は学校が終わったら、毎日、近所の友達と一緒に遊んでいました。しかし、あるとき、初めて大きなけんかをしてしまい、遊ぶ時間が急にひまになりました。何もすることがなく、テレビをみていると、たまたま日本のアニメを放送していました。最初は、ひまつぶしのために観ていたのですが、だんだん面白くなってきて、アニメだけでなく、まんがにも夢中になりました。

 そのうち、フランス語の吹き替え版では、もの足りなくなり、日本語字幕のままみるようになりました。日本語を聞くのは初めてで、大変でしたが、なれてくると、日本語の音がメロディのように聞こえるようになりました。アニメの日本語をまねしているうちに、かんたんな日本語は話せるようになりました。

 日本語がどんどん好きになって、もっときれいな日本語を、正しく話せるようになりたいと思った私は、家から30分くらいはなれたところにある日本語の塾に通い始めました。日本語を勉強するうちに、今度は、日本のことが気になって仕方がなくなりました。日本が好き、日本へ行きたい!その思いが強くなり、日本への留学を考えるようになりました。

 その夢を話したとき、両親は、私が冗談を言っていると考えていました。実際に、私も、冗談のように言っていました。しかし、心のどこかで、今でなければならない、という思いが強くありました。それは、日本の高校生に憧れていたからです。教室の風景、友達と食べるお弁当、部活動の先輩、文化祭・・・アニメや漫画のなかの高校生活は、実際に体験してみないと、本当に知っているとはいえないと思いました。両親は、日本には、大人になってから、いつでも行けると言って反対しましたが、私は旅行ではなく、日本の高校生として生活してみたかったのです。

 そのとき、私はもう高校二年生だったので、日本で一年間の高校生活ができるのは、人生のなかで、最後のチャンスでした。今行くことができなければ、後悔すると思いました。大人になってから、制服で高校に行くことは、できませんよね。

 両親と何度も話し合って、大学も合格できたので、やっと認めてもらいました。そして、一年かけて、留学のためのテストを何度も受け、書類を書き、ついに日本に留学することがきまりました。あまりにも長く、大変な一年間だったので、飛行機に乗る前まで、日本に行けることが信じられませんでした。しかし今、夢をかなえて、皆さんの前にいます。

日本の高校生になりたいという夢は、最初は、本当に夢でした。憧れだけで挑戦するのは、無理だと思いました。しかし、無理だと思いながらも、自分の夢がかなうと信じていました。どんなにむずかしく、ばかだと思われるような夢でも、本気でかなえたいと思うなら、なんでもできます。後悔するより、あきらめずに、まず挑戦してみることが大事だと思います。

 今の夢は、自分の会社をつくることです。日本で生活するなかで、日本の本当の魅力は、実際に体験してはじめて分かると気付きました。日本の文化を、フランス、そして世界中に広めて、外国人が日本をもっと身近に感じられるようになる仕事をしたいです。会社をつくることは、もちろん簡単ではないし、本当に夢みたいな話ですが、それでも私は、その夢がかなうと信じています。皆さんにもう一度会うときには、私は社長になっているかもしれません。そのときはぜひ、皆さんの力をかしてくださいね!