今日のつぶやき     2014.09.27
私は中高6年間(留学も含めると7年)聖和にお世話になりました。 卒業して4年たち、もうすぐ大学も卒業します。 卒業後上京し、新しい環境の中でいろんな経験をし様々なことを学びましたが、その刺激的な4年間よりも、聖和で過ごした6年間、特に高校の3年間のほうが私にとっては濃いものでした。 それは、大学での4年間が平凡だったということではなく、単純に高校の3年間がすごすぎた!ということです。 青春を過ごした高校3年間で、一生の友人たちと出会い共に真剣に行事や遊びに打ち込んで最高の思い出を作り、今の私を作ってくれた恩師の先生方(このつぶやきを管理してくださっているであろう先生もその一人です)と出会い、そして「なぜこんな面倒な勉強をしているのだろう」と嫌な気持ちと闘いながら行っていた勉強のおかげで、人生の選択肢が広がり私の人生は今の形になったのだと実感します。 うまく言えないのですが、聖和での生活によって私の人生の土台が作られたというか。。。 あの時頑張ったから…あの時ああいう経験があったから…あの時あの先生にアドバイスをもらったから… 就職活動の中で自己分析を行ったとき、当時は気づかなかったけれど、今思うと高校での経験や勉強は私にとって大きな意味があるのだなと気づきました。 あの、最高に楽しくて、辛くて、輝いていた高校時代に本当に感謝しています。 来春から私は、銀行員として働きます。(あれだけ数学が苦手だった私が銀行員になると知ったら過去の私を知る数学科の先生たちは心配するかもしれません。笑) この進路を選べたのも聖和での経験によるところが大きいのではないかと思います。 長くなりましたが、つぶやきで伝えたかったことの一つは恩師の先生方に対する感謝の気持ち。 そしてもう一つは今聖和で学ぶ後輩へ「高校の3年間の意義の大きさ」を改めて伝えたいです。 なかなか聖和を訪問する機会がないのでつぶやかせていただきました。 ------------------------ ”聖和の卒業生”さん、ありがとうございます。 貴女のつぶやきを拝見しながら、私は貴女ほど自分が卒業した高校に対して 感謝の気持ちをもったことがないなぁと、しみじみと考えてしまいました。 模擬試験の偏差値が人生の全てを決定づけるように思わされていた (と私は思っているのですが…)自分の高校時代。 成績の良いクラスメイトが病気で模試を受けられないのを喜んでいた者…。 自習時間にわざわざ教頭先生が教室に来られて、ありがたいお話をなさって、 みんなも聞き入っていると思いきや、参考書を開いて話なんか聞いていない者が 当然のようにたくさんいた…。あげくのはて、「先生、その話、まだ続くんですか? できれば静かに自習したいんですけど…。」と言って、立ち上がって抗議した者…。 東大に行った尊敬する先輩が大学一年生で亡くなったとき、「どうせ死ぬとなら、 あの頭脳だけおれにくれんかな。もったいなか…」と言っていた者…。 あの高校生活があるから、今の私の人生があるのだろうか… 自分の娘を4人も聖和に通わせたいと思ったのは、”聖和の卒業生”さんと同じように 感謝する気持ちを教えてくれるこの聖和が好きだったからだと思います。 そして私も、娘を育ててくれた聖和に、親として本当に心から感謝しています。