先日、メンフィスオープンというテニス大会で、錦織圭選手が優勝を果たしました。3連覇という相性の良い大会です。優勝しても控え目に、はにかみながら喜びを語る彼の姿は印象的でした。皆さんは松岡修造というテニス選手をご存知ですか?バラエティ番組で見せる明るくおしゃべりなキャラクターも素敵ですが、テニスの大会で解説を務めている際の、冷静で口数は少なくてもここぞという場所で的を射た彼の発言にも素晴らしいものを感じます。人は集中している時、口数は自然と少なくなるものです。試合や演技の最中にずっと騒がしく、声を出してばかりいる選手はいないでしょう。口を開くべき時と、口を閉じるべき時を知っているか、使い分けているかどうかです。今日は『口』という字にこだわってみたいと思います。先ず、『口』はそのまま『人』を意味するのではないでしょうか。『人口』という言葉に使われている『口』、中国の史書に用いられた歴史用語の『生口』は生きた口と書き、『セイコウ』と読みます。奴隷という意味があります。『口減らし』という言葉も、「家計が苦しいので家族の者を他へ奉公に出すなどして養うべき人数を減らす」という意味です。『口』という字を3つ並べると『品』という字になりますね。『口』を4つ、『大』きいという字で区切ると『器』という字になります。では、『品格』という言葉を考えた時、『口』は『人』を意味するので、『品格』はそのまま『人格』と置き換えることが出来ます。『上品』も『下品』も、そのまま人格や生き様に当てはめられる言葉です。『器』という字を使った表現もあります。「あの人は器が大きい、器が小さい」、「器量が良い、器量が悪い」など、人柄や人間性を表現するのに『口』という字は深く関わっています。さて、聖和では今週からあいさつ運動が始まっています。聖和の伝統として無言清掃も引き続き行われています。卒業式も間近に迫っていますね。口を開くべき時、閉じておくべき時を意識して行動する場面が多くなります。繰り返される決められた動作、習慣づけられた動作は美しく、人を惹きつけます。そうした動作は静かであるべきことが前提条件になっていることが多いのではないでしょうか。さて、しばらくの間、皆さんも口を開くか閉じるか見極めていくことを意識してみませんか。