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ミサトップ画面2

 本日(5/25)、講堂にて5月の学院ミサを行いました。
本校では月に1回「学院ミサ」を実施しており、今回は「市中体・高体連・各種大会に向けて」という意向でお祈りをお捧げしました。司式をカトリック大野教会の中野神父様にお願いしました。
中学生や高校生が日頃培った精神力・体力を競技の場でしっかりと発揮することができるよう、神様にお恵みをお願いしました。なお、祭壇の前に置かれているボールやラケットは、日頃の生徒たちの練習の全てを象徴としてあらわし、それを神様にお捧げる、という意味があります。
生徒たちが、悔いなく競技を終えることができるよう、祈りつづけます。

 

「みなさん、頑張りましょう!」

説教生徒姿

 

宗教部     2016.12.21

img_4001 本日(12/21)、伝統のクリスマス会が開催されました。俵町教会の谷脇神父様の司式のもと、まずは「みことばの式」の中で聖書の「イエスの誕生」が朗読され、中学2年生によるこれも伝統の聖劇が行われました。

 img_4003 続いて神父様のお話の後、クリスマス会第二部の「ミニクリスマスコンサート」が開催されました。今年は英語科の一年生田端さんのピアノ。そして国公立コース一年生の靏野さんのフルートによるクリスマスソングの演奏に生徒全員が魅了されました。 img_4004 そして最後を締めくくるのは、サンタクロースから生徒へクリスマスプレゼントです。校○先生扮するサンタさんが、中高生徒たちにクリスマスのご絵(聖家族の絵のカード)とおいしそうなトラピストガレットを配ってくださいました。静かなクリスマス会が一瞬で生徒たちのうれしい悲鳴で埋め尽くされたのは言うまでもありません。 img_4009 本当に楽しいクリスマス会でした。生徒の皆さん、この幸せを少しでも午後の社会福祉活動を通して周りの人たちに分け与えてください。 メリークリスマス!

宗教部     2016.08.12

 8月9日から10日まで、恒例の巡礼旅行を実施しました。昨年は上五島でしたが、今年は長崎・外海方面の巡礼旅行となりました。ちょうど長崎の教会が再びユネスコの世界遺産に推薦されますので、ある意味グッドタイミングでした。

初日の9日は長崎原爆の記念日となっております。午前中学校で追悼式に参加した私たちは、午後六時から浦上教会で行われた平和祈念ミサに与り、原爆で亡くなった方々の冥福を共に祈りました。また、このミサには数カ国の大使夫妻も参列しておられ、「世界が浦上で祈る」という雰囲気があったのも印象的でした。

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 翌10日は、長崎市内巡礼です。最初は浦上教会の下にある、旧浦上天主堂の鐘楼を見学しました。「浦上四番崩れ」に代表されるように、多くの浦上のキリシタンが信仰を守り、守り続けた信仰が形となった教会が、戦争という迫害で崩された姿は印象的でした。二度とこのような悲しみが繰り返されることがないように皆で祈りました。

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 次は西坂の丘(26聖人殉教者)に向かいました。ちょうどこの前NHKの「真田丸」で「サン・フェリペ号事件」が出ていました。少年から大人に至るまで、26人が信仰を守り命を落としました。歴史の流れから始まり、説明は大浦天主堂につなげていきます。

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 大浦天主堂で祈りを捧げたあと、その一つ下の記念碑で説明を聞きました。ちょうど韓国からの巡礼の方々が説明に聞き入っていたところで、私たちはその後ろから話を聞いています。信徒発見、プチジャン神父様と信徒との出会いの物語です。世界の誰が指導者(司祭)もなく、信仰を200年以上守り続けることができるなどと思っていたでしょうか。奇跡の瞬間でした。なお、大浦天主堂は正式には「日本二十六聖殉教者天主堂」という名前があり、26聖人殉教者に捧げられた教会です。

 しかし、とにかく暑い。生徒も汗びっしょりです。ある意味、本当の「巡礼」です。

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 このあと、聖母の騎士修道院を訪問し、戦前長崎に宣教に来られた聖コルベ神父様の足跡をたどりました。最後はアウシュビッツ強制収容所で身代わりとなられた神父様の強い信仰を学びました。そして食事のあと、外海の「遠藤周作文学館」に向かいました。これまで信仰のために命を捨てた「強い信仰」を目の当たりにした私たちですが、この文学館に展示してある「沈黙」という書物は、ロドリゴとキチジローからまた違う弱い者の「神への信仰」を考えさせられました。生徒たちにも是非、「沈黙」を読んでもらいたいと思います。ということで、今回も無事巡礼旅行を終えることができました。ありがとうございました。

 ○最後に

 この巡礼旅行を支えたくださったカトリックセンターの方々。また予約なしに来た私たち巡礼団を快く迎えてくださった出津教会の教会守の方。本当にありがとうございました。神様と支えてくださったすべての人々に感謝を込めて。

去る2月14・15日、本年度も巡礼を実施いたしました。例年8月9日の登校日に合わせて行われているものですが、台風の影響で順延となっていました。厳寒も予想されていた中、中学生5名、高校生2名、引率3名、スクールバスドライバー1名の計11名は、時折暖かな陽射しに恵まれながらの巡礼となりました。以下、一泊二日の行程と併せ紹介いたします。 ☆初日★ カブト虫公園でガイドを務めてくださる藤村様と合流した私たちが先ず訪れたのは『田平天主堂』です。明治初期、長きに亘った重苦しい禁教は解けたものの、時に非信者との軋轢も生じ肩身の狭い思いを続けていった信者たち。ド・ロ神父の私費によって荒れ地が購入されたこの一帯も、外海や黒島から移住してきた信者による懸命な開墾の努力によって地歩を固めていきました。仮聖堂が建てられしばらく経った1915(大正7)年に鉄川与助の設計によって現在の天主堂が施工されました。決して余裕があるとは限らない信者たちは、苦しいなかでも寄付を惜しみませんでした。煉瓦の接着には地元で採れた貝殻を焼いて水溶したものを漆喰として利用するなど、飽くなき熱意と工夫が結集した建設となりました。堂内ステンドグラスの細工は全国でも指折りの繊細さと写実性が凝縮され、観るものを飽きさせません。 次に向かったのは『焼罪殉教地』です。徳川秀忠の将軍時代、潜伏しながらの必死な布教活動・救済事業を行なっていたイタリア人宣教師カミロ・コンスタンツォ神父が五島で捕えられ、火刑に処せられた地です。実際の処刑場からは少し離れた場所に記念碑が建てられていますが、おどろおどろしい赤銅色の炎に包まれるモニュメントと青空の対称が際立ち、胸を締め付けられます。その後、『松浦資料館』・『平戸オランダ資料館』を見学した私たちは、戦国時代から明治維新まで転封を経験することなく平戸を統治し続け、天然の良港に恵まれ南蛮貿易の最盛期を担った松浦氏だからこそ連綿と伝わった貴重な文化財を通して、時代の鮮やかな断層を鮮明に見渡すことができました。日本史好きの生徒はもちろん、そうでない生徒もぜひ訪れてほしい一級品が揃った資料館です。 翌日の朝のミサでお世話になる『平戸ザビエル記念聖堂』の下見を終え、野焼きを済ませて間もない『川内峠』に向かいました。恥ずかしながらこの記事を担当している自身にとって、33年間の人生で『峠』と名の付く地に足を踏み入れたのは初めての経験。全国津々浦々、険しい峠は数限りなく存在するのでしょうが、歩めば歩むほどに平戸の絶景を両脇に抱え込めるような快感を覚える越えるに楽しい峠でした。我々職員を先導するかのようにぐんぐん突き進む生徒たちの逞しいことこの上ありませんでした! 『宝亀教会』は立地の特異さで知られる長崎の教会群の中でも秀逸な偉容を誇ることから、静寂に凛として佇む女神の様です。 『紐差教会』は県内2位の規模を誇る白亜の礼拝堂を有し、なおかつ参拝者は正面の階段から直接2階の礼拝堂に入る言われてみれば大変珍しい構造となっています。堂内の見学は15時まで、到着は15時を回ってしまっていたのですが、運よく入堂でき神の思召しに感謝しました。 この日最後を締めくくったのは『平戸市切支丹資料館』です。根獅子(ねしこ)ヶ浜の脇に建つ資料館。かつて根獅子周辺では入信者の数も多く、それはつまり激烈な弾圧の度合いと殉教者の数にも正比例してしまいました。それでも屈せず多少異質に、土着信仰の様相も呈すようになった独自の信仰形態は執拗な監視を何とかすり抜け今日に至りました。その確固たる歴史を次世代につなぐ役割を担う資料館です。 ★二日目(最終日)☆ 『民宿はまゆう』で心尽くしの夕食と朝食を頂いた私たちは十分な休息もとり、平戸ザビエル記念聖堂でミサに与りました。 ミサの式次第に戸惑う生徒もいましたが、何事も良き経験となりますように。 最後の巡礼地は生月です。海の幸、山の幸に恵まれたこの一帯も、自然の恩恵を授かってきたという意味では、一転、自然の猛威や気まぐれによって受難を度々被らなければいけない土地でした。常なる平安と希望を失わず生き抜きたい、こうした自然環境も入信者を増やすことになった一因ではないでしょうか。そんな生月の豊かさと、生き抜く力をまざまざと見せつけられる展示品を多く所蔵しているのが『島の館』です。 『暖竹のヤブ』は海岸絶壁に鬱蒼と茂る竹藪に、追われて潜伏していたキリシタンの親子が、ちょっとした子どもの行動によって、海上から監視を続けていた役人に発見され無慈悲にも斬首された場所です。 『黒瀬の辻』は親から子への統治者交代によって禁教政策が苛烈さを増していた平戸・生月で熱心な指導を継続していたガスパル西とその妻子が大松の根元で斬首された場所です。邪宗門と揶揄、危険視、蔑視する負の力、余りにも巨大なうねりが、捨て置いてもひょっとすれば支障はなかったかも知れない無辜の民の命を根こそぎ奪い去る不条理は決して風化しません。ガスパル西とその家族ら殉教者の木製レリーフが祭壇の両側を囲む山田教会の堂内は、夥しい数の蝶の羽で装飾され、参拝者を惹きつけます。 『蝶』が暗示するのは『変貌・変身。あらゆる浮き沈みを経た後の成長。より高度な表現形式への生まれ変わり。新しい自己発見のチャンス。エネルギーの変化。大きな転換。人魂。死霊。祖霊の化身』等々数知れませんが、キリシタンの辿った歴史を知れば知るほど、山田教会で私たちを出迎えてくれた蝶は物悲しくも優しく何事かを囁き訴えかけてくるのです。 本校で勤務を始めた年から、上五島、下五島、外海雲仙、そして本年度の平戸生月を巡った旅は4年目を迎えました。年々、巡礼旅行への参加を希望する生徒は減っていますが、それでも信徒はもちろん、それ以外の生徒も参加する巡礼に、県外出身の信徒として、また職員として携われる幸せを感じます。来年度も場所は未定ですが8月9日に巡礼を予定しております。在校生の皆さん、もうすぐ出会える新入生の皆さん、信徒発見150年の節目を迎える2015年に、聖和ならではの旅に触れてみませんか。お待ちしています(○>V<○) 【文責 高校宗教部顧問】
 巡礼旅行も最終日となりました。今日は雲仙の殉教をテーマに史跡をまわります。この日はさすがに避暑地の雲仙でも、かなり気温が高く、やはり汗だくでの巡礼となりました。  雲仙の地獄めぐりの中に、当時キリスト教を棄教させるための拷問がここで行われました。雲仙はもともと仏教の修行などを行う場でもあったそうです。ひっそりと片隅に位置していた「キリシタン殉教記念碑」のもとで、私たちは当時の拷問の説明を聞き、殉教者の方々のために祈りを捧げました。  最後は雲仙教会にて日曜日のミサに与りました。雲仙教会は雲仙地獄で殉教したアントニオ石田に捧げられた教会です。両側にあるステンドグラスにも、その殉教のシンボルが美しく記されてありました。   {最後に}  今年で三回目となる長崎教会群巡礼旅行も無事に終えることができました。長崎県で力を入れている「長崎の教会群を世界遺産へ」という運動は、その建物だけではなく、過酷な歴史の流れの中でも教えを守るためにある者は殉教し、ある者は子子孫孫へとその教えを伝えていったその事実も遺産としようとしているように思います。  生徒たちにも、この巡礼旅行を通して、現在の長崎の地に住む私達へと受け継がれてきた芳醇な歴史と信仰を感じ取ってくれたと思います。  この旅行を支えてくださった教会関係者、カトリックセンターのスタッフの方々、雲仙有明ホテルの栗原支配人とスタッフの方々に深く感謝いたします。そして、神に感謝!!

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