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「的(まと)」~H30_5_15:朝の話~
2018.05.16     N.N

おはようございます。
 突然ですが、僕には弓道の師匠がいます。
習っている先生を師匠と呼んでいるわけではなく、本当に師匠なのです。
 この時代に師匠や弟子なんてものが本当にあるのかといわれそうですが、弓道の世界にはまだそういったものが残っているのです。
 流派を引き継ぐときには、儀式と巻物によって免許皆伝を行います。

 今日はそんな僕の師匠が教えてくれたことで、僕の心に残った言葉をみなさんにお話ししたいと思います。
 弓道は的まで28メートル。的の直系が36センチ。矢を飛ばす手が3ミリずれると矢は的に飛びません。実はなかなかシビアな競技なのです。 試合で緊張したとき、調子が悪いとき、いつも僕の師匠が言うのが、
「的は絶対に動かない。動いているのはいつも君の心のほうだ」という言葉。
「なんでも一緒。目標とするもの、やるべきことはいつだって動かない。動いているのは、自分の心なんだよね。自分の心が動けば矢は的に中たらない。目標に届かないんだよね」と。

 さて、明日(5/16)から中間試験です。心を前に向けて、さぼってしまおうとする自分の心を律して試験に臨みましょう。


「感謝の日」~朝の話:H30.5.9(水)~
2018.05.09     K.S.

おはようございます。平成30年度 先生方による朝のお話のスタートです。
トップバッターは中学1年副担任、家庭科のK.Sです。今年度で聖和に勤務して38年目になります。
この朝のお話は、私の記憶は定かではありませんが、勤務した当初からあったと思います。当時は先生一人で1週間ずつ担当し、火曜日から金曜日まで4つの話を準備しなければなりませんでした。常に話のネタを探していました。シリーズ形式にしたり、クイズ形式にしたり、童謡を1曲ずつ流された先生もいらっしゃいました。
 現在は1年間に1、2度担当と大変楽になりましたが、皆さんのためになる話をと思うとプレッシャーがかかります。しかも今は聖和のホームページの「心のとびら」として掲載されます。これまた、文字になって残るとなるといろいろ内容に悩むところなのです。
また、この放送室で話すのは、何度経験しても慣れず、緊張してドキドキするは、息ができなくなって苦しくなるは、で大変なのです。
 さて、前置きが長くなりました。
今朝は30年くらい前の朝の話で、私がずっと言い続けてきたことです。
それは、「自分の誕生日を親への感謝の日」として過ごすということです。
ある雑誌で見た記事なのですが、誕生日を祝ってもらうのではなく、逆に自分を生み育ててもらったというお礼の日として、父母や家族に感謝の気持ちを送るという過ごし方です。
素晴らしい考え方だと感心し、ずっと生徒のみなさんに伝えてきました。
簡単そうで実はなかなか難しいものです。
 もちろん、誕生日だけではありませんね!早速、次の日曜日は5月の第2日曜日は「母の日」、6月の第3日曜日は「父の日」です。感謝を伝えるチャンスはたくさんあります。ぜひ作戦を立てて実行して欲しいと思います。

 私事ですが、来週、私の初めての陣痛記念日がやってきます。初めてのお産は不安と緊張でいっぱいでした。もちろん苦しかったです。夜中の1時に陣痛が始まり、夜の9時半ごろにやっと長男は生まれてきました。忘れられない出来事でした。
 さて果たして息子は感謝の日として過ごしてくれるのでしょうか?
我が子はなかなか思いどうりになりません。
今朝はこれで終わります。


 


「教会」~H30.2.20朝の話~
2018.02.20     職員

おはようございます。今日は少し教会について触れたいと思います。

 先週、高校一年生は国の重要文化財に指定されている平戸市にある田平天主堂へ行き、黙想会を行いました。聖堂内にあるステンドグラスは息をのむほど美しいものでした。実は、私がとても好きな教会でしたので、訪問できることになって内心ワクワクしていました。高校一年生のみなさんは聖堂を見てどう感じたでしょうか。

 私は生まれた時に洗礼を受け、カトリック信者となりました。私のふるさとの家の近くには小さな教会があり、毎日母親に5時半に起こされ、6時から教会に行き、学校へ登校する生活をしていました。あの時は、雨の日も風の日も辛いなあと思う日もありました。どうして母親があんなに熱心に私を教会に行かせたのかは聞いたことはありませんが、大人になってなんとなくわかるような気がします。中学生になってからは教会でオルガンを弾くようになり、クリスマスや結婚式前には聖歌隊と何度も練習をしました。
  大人になり、なかなか教会に行く機会が減ってしまいましたが、聖和では教会にたずさわる機会があります。この貴重な機会を大切にしていきたいと思います。みなさんももうすぐ行われる卒業式などの行事や学院ミサ、お祈りの時間や掃除の時間など他の学校では触れることができないこれらの貴重な経験を一つ一つ大切に取り組んでみてはいかがでしょうか。


あたりまえ~H30.2.9朝の話~
2018.02.20     E.N

 おはようございます。
 今日は「当たり前」というタイトルの詞を紹介します。これは、若き医師、井村和清先生が病の床で綴った手記、「アスカへ、そしてまだ見ぬ子へ」という本に納められています。
 井村先生が大病院の勤務医として、患者さんにとても慕われながら、多忙な毎日を送っているとき、右膝のがんが見つかります。転移をを予防するために、右足を切断します。その後リハビリで復帰されますが、まもなく一番恐れていた肺への転移がみつかります。
 肺がんのために、呼吸がとても苦しい闘病生活の中で、父として、夫として、生きた証を残したいと、書かれたものです。長女のあすかちゃんは、まだ1歳、そして二番目のお子さんは、まだ奥さんのおなかの中でした。


あたりまえ
あたりまえ
こんなすばらしいことを、みんなはなぜ喜ばないのでしょう。
あたりまえであることを おとうさんがいる   おかあさんがいる
手が二本あって、足がにほんある。
いきたいところへ自分であるいてゆける
手を伸ばせば、なんでもとれる
音が聞こえて、声が出る
こんなしあわせはあるでしょうか


しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだと、わらって済ます
食事が食べられる
夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝がくる
空気をむねいっぱいにすえる
笑える、泣ける、叫ぶことも出来る
走り回れる
みんなあたりまえのこと


こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは、
それを無くした人たちだけ
なぜでしょう
あたりまえ

井村先生は、この3週間後に31歳のわかさで旅立たれます。奥さんと子どもを残して。どんなに無念だったでしょう。私も、10年前、父を病でなくしました。しばらくの間、私は、街角や公園で、両親と子どもたちの仲の良い家族の姿を眺めては、涙が出たのを思い出します。

 普段、私たちが「あたりまえだ」と気にかけていないことも、考えてみると、「とても有難いことだ」と気づかされます。生きていること、それは一つの奇跡なのです。
今日は、「あたりまえ」という詩を紹介しました。みなさんの生き方に、何かヒントになれば幸いです。
今日一日が、良き日になりますようにお祈りします。


 


「景色が変わる瞬間と出会う」(朝の話:H30.1.30) T.O
2018.02.07     職員

25メートルを泳ぎきるのに皆さんは何秒かかりますか?私は180秒、3分かかりました。生まれて初めて25メートルを泳ぎきったのは小学校3年生の体育で行われた測定テスト本番の日でした。水泳が大の苦手だった私の泳ぎ方は、クロールやバタフライ、平泳ぎ、犬かき等すべてが混ざったようなもので、周りから見ていたら本当に溺れているように見えたそうです。当時好きだった女の子がプールサイドで見ていたこともあり、死ぬほど恥ずかしい気持ちもありましたが、遂に泳ぎきった後の爽快感と達成感は生涯忘れることはないでしょうし、大きな大きな自信となりました。その日以来、私の目に映る風景、世界は確実に変わったのです。全力を出し切った経験が感覚にまで大きな変化を与えたのかも知れません。


17歳だった私は、ホームステイも兼ねた修学旅行でイギリスにいました。日本人同士数人でサッカーをしていた公園に、犬を散歩させていた同い年くらいの現地の少年たちがやってきました。突如囲まれた私たちに向けて、彼らは人種差別を意味する言葉を浴びせたのです。「Eat Yellow !(=アジアからやって来た黄色人種を食べてしまえ!)」と、連れていた犬にけしかけたのです。アジアの人びとが欧米で差別を受けることがあるのは何となく知ってはいました。「自分だけは大丈夫だろう(=まさか差別は受けないだろう)」と根拠もなしに思っていただけに、大きな衝撃を受け、悔しさと悲しさでしばらく呆然としていたのを覚えています。しかし、折角の貴重な修学旅行でいつまでも呆然としたり悩んだり泣いたりしている時間が勿体無いと思い、気持ちを切り換えて残りの修学旅行を過ごしたこともはっきりと覚えています。生まれて初めて差別を受けた経験も、私の目を通して見える世界に変化を与えました。皆さんもこれからの人生において、全力で取り組まなければいけないことに直面し、切り換えなければいけない瞬間が必ず訪れると思います。どうかそういう場面を乗りこえていって欲しいと強く願います。「変化は成長を促す」見える景色が変わる経験をぜひ積んでください。



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