机の上の、小さな梅のつぼみが咲きました…
2013.02.24     職員
「カメラ向け、手折れし庭の梅蕾、 机の上に、笑顔咲くらむ」
by ひとり


まもなく、巣立つ卒業生を祝福するように、机の上に置いていた、一輪の梅の小枝。
可愛らしいつぼみが、誇らしげに開花し、見る者の心にまで元気を届けてくれます。






「ひび割れの壺」…(H25.2.13 朝の話)
2013.02.13     E.N.
おはようございます。今日は、みなさんに、
インドの『ひび割れ壺』のおはなしをしたいと思います。


<ひび割れ壺>
インドのある水汲み人足は2つの壺を持っていました。
天秤棒の両端にそれぞれの壺を下げ、彼は水を運びます。
片方の壺には、ひびが入っていました。
完璧な壺が小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに対し、
ひび割れ壺はいっぱいまで水を汲んでもらっても家に着く頃には半分になってしまいます。 

完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。
なぜなら、彼は本来の目的を常に達成することができたからです。
ひび割れ壺は、いつも自分を恥じていました。
なぜなら、彼はいつも半分しかその目的を達成することができなかったからです。

二年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、ある日、川のほとりで
水汲み人足に話しかけました。
「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている。」
「なぜそんな風に思うの?何を恥じているの?」水汲み人足は言いました。
「この二年間、私はあなたのご主人様の家まで水を半分しか運べなかった。
水が漏れてしまうから、あなたがどんなに努力をしても、その努力が
報われることがない。私はそれが辛いんだ。」と壺は言いました。

水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。
「これからご主人様の家に帰る途中、道ばたに咲いているきれいな花を見てごらん。」
てんびん棒にぶら下げられて丘を登って行く時、ひび割れ壺は、お日様に照らされ
美しく咲き誇る道ばたの花に気づきました。

花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、ご主人様の家に着く頃には、
また、水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、水汲み人足に謝りました。

すると彼は言ったのです。
「道ばたの花に気づいたかい?花が、君の通る側にしか咲いていないのに気づいたかい?
僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。
そして君は毎日、僕たちが小川から帰る時に水をまいてくれた。
この二年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。
君があるがままの君じゃなかったら、ご主人様はこの美しい花で家を飾ることは
できなかったんだよ。
」と。
おしまい。
「己巳己已巳」(きみこいし)」…(H25.2.12 朝の話)
2013.02.13     M.S.
2月4日立春を過ぎ、運気が変わる月になりました。

今年1月5日付「西日本新聞」にとっても懐かしい言葉を見つけました。
それは、今は亡き母が、中学生だった私に教えてくれた漢字の覚え方でした。

今年は「巳」年、この漢字は「み」、「し」とも読みます。
陰暦三月の最初の巳の日を「上巳」(じょうし)と言って、
三月三日のひな祭りのことです。

この「巳」と似た漢字を2つ思い浮かべてみましょう。実際に黒板に
書いてみるとわかりやすいですね。三文字とも画数は三画です。

1つは「己」(「おのれ」)、「こ」、「き」、「つちのと」とも読みます。
2つめは古典文法でおなじみの「已然形」の「已」「い」、
「すで(に)」、「や(む)」「のみ」とも読みます。
この3つの漢字の覚え方です。三画目の位置をよく見てくださいね。

「『み』は上に、『おのれ』『つちのと』下につき、『すでに』『やむ』『のみ』は半ばまで」

母が教えてくれたあの時の様子がありありと浮かんできました。

記事の結びには、これらの漢字の読みから、「己巳己已巳」(きみこいし)と覚えては?
とあって、往年の名歌手フランク永井が歌った同じ曲名(「君恋し」)を知っていた私は
思わず笑ってしまいました。

日本には、古くから知的遊戯とも言うべき、「言葉遊び」が広く貴族の間で行われていました。枕詞、掛詞、縁語などを駆使した大和歌、和歌が親しまれ、深く浸透した理由のひとつかと思います。

さて、最後に生徒のみなさんに問題です。

「子ども」の「子」、この漢字を12つなげて、何と読むでしょうか?
「子子子子子子子子子子子子」

漢字以外に、同じひらがなが2文字入ります。これがヒントです。

答えがわかった生徒さんは、メモ用紙で結構です。
学年、クラス、答えを明記の上、私までどうぞ。本日(2/12)の午後1時締切です。
ささやかですが、ご名答賞をプレゼントいたします。お待ちしています!

〔解答〕
(ねこのここねこ ししのここじし) でした。
「私を支える母の教え」…(H25.2.6-朝の話)
2013.02.06     H.K.
昨日は、ご存じの通り一般入試が行われました。
係の為、学校に来ていた生徒のみなさん、本当にありがとうございました。
受験した中学生が、私に「本当に先輩が優しくて、緊張がほぐれました。」と
そっと耳打ちし、思わず笑みがこぼれました。

 私は、早朝、いつもみなさんがお世話になっている伊万里線のバスの運転手さん、
 I さんと共に受験生のお迎えに行きました。 I さんの深イイ話や思い出など、
話が尽きないものでした。歳を取れば取っただけ、思い出も多くなるものだと思いました。
その中で、自分が少し歳を重ねたからこそ、思い出されることといえばやはり母の教えです。
23歳を越した今も、昔、母からいわれたいくつかの注意を守っています。厳しいものもあり、
周囲はいつも笑っていましたが、そこには「社会に出て恥をかかないように」という母の愛情が
ありました。その中の1つを紹介したいと思います。

 「些細な約束でも大切にしなさい。」という言葉です。どのような約束事も、お互いの
信頼がなければ成り立ちません。しかし、人は、対象や内容によって約束の重要度を図ります。
 例えば、「この約束は、家族とのだから破っていい。」「自分一人がごみを捨てても構わない
だろう。」「この課題は、来週までにだせばいいや。」、「この人は優しいから、遅刻しても
怒らないだろう」のように、自分の都合のよい解釈をし、破約を正当化しようとする、
みなさんにそんな経験はありませんか。

 約束事の内容や対象によって「守る」「守らない」が決定されることはよくあることです。
しかし、些細な約束を守れない人にどうして重要な約束が果たせるのでしょうか。

 この母の教えは、約束の重要度にかかわりなく、常に謙虚に誠実に信頼を高めていく生活を
送りなさいという意味を持っているような気がします。人間や自然との決め事を自身の中で
しっかりと据え、自分に嘘をつかない生き方をしたいと思いました。
 今朝の話はこれで終わります。
「ノミ(蚤)の悲劇」(1月22日 朝の話)
2013.01.23     K.S.

皆さん,おはようございます。
 今朝は「ノミの悲劇」というお話をしたいと思います。

皆さんは「ノミ」という生き物をご存知ですか。ノミとは,体長が一ミリにも満たない寄生昆虫で,人や哺乳類などに寄生して時々吸血,つまり血を吸ったりする生き物です。最近ではめったに見られなくなりましたが,私が子供のころはよくこのノミに刺され退治をしたものです。

しかしこのノミはジャンプ力が物凄く,2メートル以上つまり床から天井の高さくらいなら簡単に跳ぶことができるそうです。NBAのマイケルジョーダンのジャンプ力が1メートル22センチということですから,このノミは人間のジャンプ力をはるかに上回ります。オリンピックなら楽々金メダルです。いわばノミに備わった敵から身を守る唯一の防御法なのでしょう。目の前にいたはずのノミが,一瞬のうちに姿を消して人間の視界から消えてしまうことも充分にありえます。

そんなジャンプの金メダリストのノミですが,高さ30センチくらいのふたのついた箱の中に入れられてしまうと,箱から出ようと何度も何度もジャンプを繰り返し,ふたに衝突します。箱から逃げようと必死になって得意のジャンプを繰り返すわけですね。ジャンプしても逃れられないことがわかると,あきらめてしまい,ジャンプさえしなくなります。

しかしここからノミの悲劇が始まります。ノミの入った箱のふたを取っていつでも逃げられるようにしてあげても,かつては2メートルものジャンプ力を誇ったノミは,30センチも跳べなくなってしまい結局一匹も箱から逃げ出すことは出来なくなってしまいました。

なぜ今朝この「ノミの悲劇」というお話をしたかもうお分かりですね。

勉強面・部活動・毎日の学校生活で,ちょうどノミのように壁にぶつかることはたくさんあると思います。本来はもっと出来るはずなのに,こんなはずではないのにと思いながらも,壁にぶつかってしまい,苦手意識を感じ,「もう無理だ」とあきらめてはいませんか。

皆さんに立ちはだかる壁はどれも,ノミを入れた箱のふたに過ぎません。軽いふたもあるでしょうし,なかなか開かないふたもあるでしょう。でも何度もチャレンジしているうちに,ふたは必ず開きます。ですから高い目標を持って毎日の生活に臨んでほしいと思います。ノミの悲劇を繰り返さないためにも。

今朝の話はこれで終わります。
今日も一日がんばっていきましょう。