夢…(12月12日朝の話)
2012.12.18     S.K.
おはようございます
みなさんは、今どんな夢を持っていますか?
その夢を形にするためにどのように過ごしていますか?

私たちは、みんな一日24時間という時間で動いています。
その24時間の使い方は、人によって様々です。
誰かと楽しく過ごそうとする人、ひとりでじっくり何かに取り組む人、
辛いことや苦しいことで悩みながら過ごす人……。
過ごし方は人それぞれですが、すべて意味のある時間です。
それは、その時間をどのように過ごしたかが自分に返ってくるからです。
ときには、どんなに時間をかけてもすぐに努力が実らないときもあるでしょう。
でも、24時間はみなさんに平等にあるものです。
せっかくなら、有意義に過ごしたいと思いませんか?
くじけそうな時は、良いことをイメージして口に出してみてください。

「叶う」という字は「くちへん」に「じゅう」と書きます。
「十」は「プラス」にも見えますね。

自分に「プラス」になることを口に出して、ぜひ夢を「叶」えてください。
「話す姿勢と聞く姿勢」 (H24.11.6 朝の話)
2012.11.06     R.M.
先週 A先生から朝の話がありました。どんな話だったか覚えていますか?
心に残った所は、どこですか?
私は「伝統」についての話で「常に新しいものを伝えていくためにこれまで積み重ねられた功績を超えようと努力し、新しいものが生み出される」というところが心に残りました。それ以上で心を打たれました。

朝の話は、毎回担当の先生が、話を考えられます。
 「心を込めて伝えたい」そんな先生方の気持ちで話をされています。それを自分の番になって改めて感じています。今日は、この話をする側と聞く側の気持ちや、姿勢について考えてみましょう。
 まず、話をする側の話ですが、私自身この学校に勤務して16年目になります。新米の頃からいままで、多くの先輩の先生方の姿を見て、それを目標に今もがんばっています。その先輩方から先生という職業は「言うだけは誰でもできる、伝えられたか、伝えられなかったか」が大切で伝わっていなければ先生が悪いと思うこと!!を学ばせてもらっています。また、多くの先輩の先生方の中に、授業はこの人、HRはこの人、学年集会ならこの人、部活動ではこの人というように、新米教師だった私にとって生徒のみんなの聞く姿勢をつくり、伝えることが上手な先生方がおられます。今は後輩にあたる先生にもいます。
 その先生方の一人が「人は聞こうとする心は誰もが持っています。その状況になるようにしてあげるには、じっと心で生徒を見ていたらわかりますよ。」と言われていました。特にその先生方に関わっている生徒たちは、人間的にも成長していて教師の私から見ても「尊敬できる」ところがありました。今も私の目標です。

 さて、聞く側の話は、生徒のみなさんです。みなさんは「話す人が何を伝えたいのか、心において聞こう」としていますか?

 先程言った「尊敬できる」生徒の多くはいくつかの部活動生で、聞く姿勢をそのクラブの伝統として、伝えられ伝えていた部分も多かったのではないでしょうか?
また、そうゆう部活も多く、お互いが高めあっていた気がします。
 今、それが失われているとは、言いません。先日のワープロ部の県大会優勝、バレー部は春高予選を控え、目標に向かって多くクラブが「伝統として積み重ねられた功績、を超えよう、新しいものを生み出すため努力しよう」という人たちは、たくさんいます。だからこそ、聞く姿勢を大切に伝統として守り続けて欲しいと思います。
 逆にそう考えると授業中寝てしまうこと、指示をしっかり聞いていなっかたりして自分が忘れてしまっていたという部分があるひとは、「相手が何を伝えようとしているかを心にとめて聞く」ことで、自分自身、そしてみんなが成長できると思います。
そのことは、話をする側、話を聞く側のお互いが幸せになれると思います。

「伝統…」 (H24.10.31 朝の話)
2012.11.06     T.A.

おはようございます。
 先日の「音楽のつどい」は、卒業生をはじめステージに立った生徒の皆さんはもちろん、係生徒や聴衆として盛り上げてくれた皆さんのお陰で、素晴らしいものになりました。その中でも高校コーラス部の3年生にとっては昨年までとは違う思いがあったのではないでしょうか。何か心を打たれるものがありました。3年生の活躍は新しい伝統を聖和にそしてコーラス部に積み重ねてくれたと思います。

 話は変わりますが、この伝統とは何でしょうか。皆さんはどう考えますか。これまでの功績を守り、前の人の跡を受け継いでその通りにしていくことでしょうか。私はそうではないと思います。学校で言えば、常に新しいものを後輩に伝えて行くために、これまでの積み重ねられた功績を超えようと努力し、新しい物へと改善しつづけていくことこそが、本当の伝統であると思います。
 「伝統は関係ない」、「伝統は意味がない」と言う人もいるかもしれまん。しかし、私たちは聖和女子学院がいまあるからこそ、色々なことを学び頑張ることができているのだと思います。聖和女子学院の伝統が受け継がれてきたからこそ、今、私たちは頑張れる場所を持つことができています。これまで、多くの卒業生が過去に道を切り開き、現在の基礎となるものを築いてくれました。現在聖和にいる私たちは、学校行事やクラブ活動など様々な活動や取組において、ただ伝統を守るだけではなく、伝統の中から何かを感じ取り、これまでの伝統を大切にしながらも、そこから新しいものを生みだそうと努力することが大切ではないでしょうか。

生徒の皆さんがあらゆる分野で先輩方を超える新しい功績を残して行ってくれること、そして、新しい聖和を築き上げてくれることを期待してします。
今朝はこれで終わります。
「私を変えた一言」(10月30日 朝の話)
2012.10.31     E.S.
今日は私が高校3年次に進路を決定した話をしたいと思います。

高校入学時、幼いころからモノ作りが好きで、兄の影響もあり工学部の建築学科,もしくは機械科のような技術職につき、将来は研究をしたいと考えていました。

そのような考えで、臨んだ高校3年次の3者面談、担任の先生に言われました。

「おまえは数学科に行け」

この一言で、数学への道を進むことを決めました。なぜなら、担任の先生は、数学の先生であり、数学で尊敬できる先生でした。尊敬する先生から言われた一言、数学を好きである自分はとても嬉しく思い、数学の力を認めてもらえたように感じたからです。
 このときは、安易に「将来は、数学で飯を食っていこう」と考えていました。
今、考えてみると自分の人生が、ここで大きくと変わったように感じます。
あの時、担任の先生が「将来の自分をしっかり考えて決めなさい」と言われていれば、たぶん、数学科ではなく、工学部の学科に進んでいたと思います。そして、教員の道にも進むことはなかったと思います。
 進路を決めたときはまだ、教員になろうという考えはなかったのですが、今の自分があるのは、あの担任の先生の一言から始まっている、と思えます。


みなさんも、何か自分を変える一言に出会っていますか??
普段の話にしっかり耳を傾け、自分を変える一言に会えるといいですね。


今朝は、これで終わります。
「朝の聖歌」(10月24日 朝の話)
2012.10.24     K.K
先日、本校で作曲家松下耕先生の直接指導による合唱講習会が行われました。
係として私も参加できたのですが、その時のお話をします。
松下先生は、作曲家活動だけでなく、合唱の指導もしている先生で、各地の合唱コンクールの審査委員も務めまた世界各地で演奏活動されておられるそうです。
先生がおっしゃるには、このごろは、コンクールの曲で難しい曲に挑戦する所が日本では多い。そうゆう曲を演奏できたら本当にきれいに聞こえる。しかし、そうゆう難しい曲に挑戦することも大事だけれど、本当に美しい歌とはなんだろうか。
じぶんがいいなあと思ったのはあるヨーロッパの8人ぐらいの合唱団であった。宗教曲であったが本当にかんどうした。
指揮者もなく、目配せもしないで曲が始まったのだけれど、とてもすばらしく。
スーッと1つまとまって、とてもきれいでとても心にしみてまさに奇跡の合唱だと思ったとのことでした。
松下先生自身、カトリックの信者さんで、毎週奥様と二人で教会へごミサを預かりに行かれるそうです。
そこでもやはり、歌う曲と言うのは神様にささげるために歌うのであって、間違えてもいい、神様に心を伝えるために歌った曲は本当に感動でき、涙が出るほどのものになるとおっしゃっていました。

わたしたちも毎日聖歌を歌います。
8時35分から始まる毎日歌う聖歌に皆さんはどれだけの思いを込めているでしょうか?
8時30分の予鈴が鳴ったら心を落ち着け身だしなみを整え準備をして時が来るのを待ち聖歌の時間に備える。ただ歌うのではなく神様に心を込める。自分の気持ちをささげる
自分の気持ちをどこに向かわせるか、カトリックの学校ですから、漠然とした神様でなく、例えば教室の左側正面上の十字架に向いうたう。例えば右側の以前内藤先生が用意していただかれた教室に掲げてある、各クラスを守って頂いている聖人の肖像に向かって歌う。
皆さんは心をこめて歌っているでしょうか?
私も、毎日の聖歌の時間を本当に大事にしたいなあと、松下先生の話をうかがって、改めて振り返る事が出来た一時でありました。
今朝はこれで終わります。