「環境と変化」~(5/16朝の話)~
2017.05.24     M.O

 2年前に聖和に赴任してから毎日、黙想をする時間を持つことになりました。


静かな時間の中で、風の音が聞こえてきます。ほかにも気温や何かの香りなど、目を閉じることでまったく感じなかったことに気付きます。私はこの心地よい時間の中で、いろんなことを感じるたり考えたりすることがとても好きです。

心地よいといえば、
この1年、校内ですいぶん多くの花を見かけるようになりました。校門から玄関に入るまで、いろいろな種類の花を見ながら歩いてくると、とても心地が良くなります。


 さて、この環境の変化は季節の移り変わりの力だけではないことに気付いているでしょうか?
グランドわきのバラも、事務室前の花壇も、プランターの花々も、人の力が加わって、そこに咲いているのです。自然に「変わった」のではなく、人が「変えた」ということです。
 環境は私たちにも大きな影響を与えると思います。
良い環境では良いもの育ちやすくなり、悪い環境では悪いものが育ちやすくなります。

 あなたの周りの環境はどうですか。
 運動部のみなさん、今日は、高総体の抽選会が行われます。夕方には対戦相手が決定し、いよいよやるべきことがはっきりしてきます。
 自分が感じること、考えること、行動することで「変えていくことができる環境」があります。
自分が「何かを変える行動」は、仲間の「何かを変える環境」になります。
まだ、残りの時間の分だけ、自分も仲間も変わっていくことができます。
最後の勝負まで「変化」、「成長」して各種目で聖和の風を吹かせましょう。
 たくさんの聖和の花を咲かせましょう。


 


「日本にひとつしかない、完全オリジナル…」(5/24朝の話)
2017.05.24     K.S

おはようございます。家庭科担当のSです。

私は制服の係をしているのですが、先日ライフ佐世保の取材を受けました。
5月12日付の女子高生制服図鑑特集です。そこで今日は制服の話をしたいと思います。
 現在の中学、高校の制服は、2001年4月、創立50周年を記念して変更され、東京伊勢丹の専属デザイナーの横山さんによるものです。制服のジャケットやジャンバースカートのタグに横山とサインされています。
 ジャケットの胸のワッペンは善きサマリア人修道会のマークになっており、ブラウスのボタンには「聖和女子学院」と彫ってあり、生地もオリジナルです。ブルーのブラウスは縦糸が青、横糸が白で織られています。中学のピンクのブラウスも縦糸がピンク、横糸が白です。よ~く見ると肉眼でも確認できます。ですから色に深みが出ます。ノーアイロンやストレッチ素材を使用するなど日本に一つしかない完全オリジナルの制服です。
 高校生のジャケットは、全国でも珍しいウール100%の上品な千鳥格子、ジャンパースカートは坂道で風にあおられてもスカートが巻き上がらないようにローウエストで切り替えたプリーツにしてあります。
 中学生は3年間で体形の変化が大きいので、ジャケットはボレロに、ジャンパースカートはウエストを絞らないものにし、身長12cm程度、体重10kg程度の変化にも対応できるようになっています。
 一方、夏の制服は石油の高騰など世界情勢により値上げせざるをえない事情などもあり、2013年に中学、2014年に高校が創立60周年記念として一新されました。中学高校共に家庭で全アイテム丸洗いができる素材になっています。

 中学生は可愛らしさを前面に出し、タータンチェックのフレアスカート。制服には珍しいデニム生地で丈夫です。
 高校生は上品さと聡明さを感じさせるデザインで、ネクタイはブラウス第3ボタンに固定できるよう工夫がされています。スカートは海外留学などの体重変化にも3サイズ分対応できるような工夫がされています。
 また、オプションですが、ニットベストと高校のカーディガンはアメリカのNASA使用の優れた生地で3~6年間傷みなく着用できます。


  ここまでこだわり、創意工夫された制服、皆さんが心地よく、また素敵に着こなして欲しいとの思いで、心を込めて手作りされた制服を聖和の生徒として誇りをもって着こなして欲しいと思います。
今朝はこれで終わります。


 


「輝く皆さんへ」
2017.05.23     E.T.

みなさん、おはようございます。
 中間考査お疲れ様でした。新学期が始まり、早くも2か月がたとうとしています。みなさん、新しいクラス・生活にはなれたでしょうか。私もやっと少し社会人生活にも、佐世保の生活にも慣れてきたかな?と思います。
 しかし、油断していたところ、朝の話の担当がもう回ってきてしまいました。何を話すか本当に悩みましたが、新人の今しかできないと思い、聖和にきて気づいたこと、思ったことをお話しします。
 私は小学校から高校まで共学の公立学校に通っていました。なので、聖和での生活はとても新鮮で、衝撃を受けることも多々ありました。女子トイレの大きさやピアノの数にもびっくりしましたが、特に驚いたのが、部活動への参加率が非常に高く、兼部までしている生徒がいることです。私の高校や友人の高校では、圧倒的に部活生よりも帰宅生のほうが多く、その分あまり学校に思い入れがなかったように感じます。
 そして、活発な生徒会活動や学級活動を見るたびに、生徒は本当に学校が好きなんだなあと感じます。クラスで、この金曜に開かれる生徒総会の議論についての話し合いをした際には、時間が足りないほどいろんな意見や案が飛び交い、衝撃を受けました。これもみなさんの学校を想う気持ちの強さが表れているのだと思います。
 今しかできないことを必死に、そして楽しんで取り組む皆さんはとても生き生きしています。そんな皆さんの元気や笑顔に私は日々励まされています。「子どもたちの夢を応援したい!」「子どもたちの支えになりたい」という想いで教師になりましたが、まだまだ今は生徒のみなさんや周りの先生たちにに支えられているばかりです。この場を借りてお礼を言わせてください、ありがとうございます。
 一日でもはやく私もみなさんの学校生活をサポートできるようがんばるので、これからもよろしくおねがいします。そしてこれからも聖和生らしく、学校生活を存分に楽しんでください。


担当は、高校2年副担、英語科のE.T.でした。


「原動力」(朝の話:H28.9.14) T.O.
2016.09.15     職員

9月10日は忘れられない記念日となりました。1つ目は青ブロックの優勝を含め、体育祭が大成功のうちに幕を下ろしたこと。2つ目は我が広島東洋カープが実に25年ぶりに優勝したことです。カープ優勝の原動力、キーパーソンとして、マスコミ・メディアは2名のベテラン選手の存在を強調していました。ピッチャーの黒田とバッターの新井です。野球に詳しい人はこの2人がどのような経緯で広島カープを支えてきたのかを知っていると思いますが、ここでは割愛します。とにもかくにも、41歳の黒田と39歳の新井、チーム最年長の2人が最も熱心に練習に取り組み、声を出し、最も注目や期待、プレッシャーを背負いながら戦い続けました。2人の言葉、行動が若手選手の意識を変え、老若男女、全国のカープファンを勇気づけ、広島の街を変えてくれました。この2人の役割を、チーム聖和に当てはめるならば、私は間違いなく高校3年生の存在が相応しいと思います。体育祭の本番は勿論のこと、準備、撤収作業での働きは立派で偉大でした。細かいところや基本的なところで先生方からお叱りを受けたり、後輩たちへの指導に苦しんだりもしたでしょうが、少なくとも私が関わり応援させてもらった高3生は全員素晴らしかったです。私が心配してしまうぐらいの大声を出し、抜群の気遣いを見せ、集合も早く、笑顔も素敵な高3生。皆さんの逞しい背中をこれからも後輩や先生方は見つめ続けます。黒田や新井はベテラン、偉大であるが故に、人一倍の苦労や失敗を経験し、それらを乗り越えてきました。2人の戦いはまだ続きます。高3生の戦いもこれからが本番でしょう。『女の戦い』、涙が出るくらい感動しました。みんななら乗り越えられる!チーム聖和をこれからも力強く引っ張っていってください。


 


「あたり前ではない」~H28.6.22(朝の話)~
2016.06.28     K.S.

高校2年A組担任、家庭科の担当者です。

 先日、南阿蘇に住む兄の家に行ってきました。
熊本地震から2か月がたち、余震もだいぶ少なくなり、やっと電気、水道、ガスがきて、少しは落ち着いたのかと思っていましたが、現実は厳しいものでした。

 兄は南阿蘇でペンション(=洋風の民宿)をしています。

幸い、建物はコンクリートのしっかりした土台であったため、倒壊はまぬがれたものの、自分で建てた小屋は全壊し、外壁は数か所はがれ、内部もすべての客室の壁にひびが入ったり、床にすき間ができていました。あらゆる家具は倒れ、食堂やキッチンでも、ものが倒れたり壊れたりして、床はガラスだらけで歩けなかったそうです。お客様に出していたグラスや食器もほとんどわれてしまいました。
  ペンションの再営業は、非常に厳しい状況です。 兄は「人生が狂ってしまった。」と言っていました。



 南阿蘇地区では、あちこちの山が大きく崩れ、土砂による被害が多かったのですが、特に山崩れの規模が大きかったのは、阿蘇大橋で、橋も道路も線路も土砂で流され、跡形もなく、なくなっていました。 すぐ横の東海大学農学部の阿蘇キャンパス周辺は、学生のアパートがたくさん建ち並び、古いアパートはそのほとんどが倒壊したままの状況でした。大学は授業再開のめどが立たず、熊本市内に校舎を移すとのこと。やはり活断層に沿った地域の被害が大きく、古い家やお墓、道路、山すべて崩れたままでした。そして、今は豪雨にみまわれ、さらなる被害が広がりつつあります。 まだまだ復興には、長い時間と膨大な費用がかかります。



 私たちは、あたり前に学校に来て、学校生活を送り、帰る場所があって、食事もでき、風呂にも入れ、ゆっくり寝ることもできる。 毎日繰り返されるこの何気ないあたり前の生活は、あたり前ではないのです。 自分に与えられた状況に感謝し、今も不自由な生活を送ってらっしゃる方々のために、何か自分にできること探していきたいものです。