“景色”
2016.06.27     M.O.

 高総体は応援ありがとうございました。高校バレー部の顧問です。
先週は 全九州総体に出場してきました。
惜しくも、鹿児島県代表の鹿児島女子高校にセットカウント1-2で敗れました。
私たちの負けは高総体決勝と同じあと一歩及ばない負けでした。
1点が取れないことで勝てない試合でした。



負けて学ぶものはとても多くあります。
それぞれのチームが、自分たちの負けを、自分たちの未来につなげていきます。
私たちも「あと一歩」この突き詰められている現実をよく理解し、
あと1点を取れるチームに変化、成長します。
決勝戦、楽しい試合をまた応援に来てください。



 さて、今日は景色と風景の話をしたいと思います。
景色は高いところまで登れば登るほど、良くなります。
私はその景色を見ていると、自分の心が表れてきます。
皆さんはいかがですか。


聖和にも窓から見える素晴らしい景色があります。
私は聖和の教室から眺める佐世保港の景色が大好きです。



 昨年は私も1年目。1Aの教室で、今の高校2年生といろいろな思いで、この景色を見つめていました。
2年目の今年も、同じ1Aの教室で佐世保港の景色を眺めて、 物思いをしています。



私たちが生きていく中でも、見えてくる風景があります。
いろんな出来事や経験です。あの時の喜び。あの時の苦しみ。
その場面が心の中に残っていきます。



今、壁にぶつかりながら頑張っている皆さん。
その壁を乗り越えて、一つ上に登れば新しい風景が広がっています。
苦労をしながら、登り続ければ、少しずつ見える眺めも良くなります。
そして、これまでよりも美しい、最高の出来事が待っています。



聖和の校舎から素晴らしい景色を眺めながら、一歩一歩、登り続けましょう。
それは、きっと見ることができる風景です。


 


“糸”
2016.06.16     S.Y.

 


みなさんのクラスにいる人と出会って友達になる確率はどれぐらいだと思いますか?
 まず、みなさんが生まれてくる確率、同じ佐世保にいる確率、そして同じ教室で隣の席に座る確率を考えると宝くじの一等をあてより難しい奇跡を起こさなければ出会うことすらできません。そんな奇跡の確率で出会った友達を、みなさんは大切にしていますか?言葉やほんの少しの誤解で喧嘩することもあると思います。でもそんな時、少しだけ今日の話を思い出してほしいと思います。
 私は音楽鑑賞が趣味で、これまでにたくさんの曲を聞いてきました。
 そのたくさん聞いた曲の中で好きな曲の一つが中島みゆきさんの「糸」という曲です。
 みなさんは、聞いたことがあるでしょうか?聞いたことがない人もいると思いますので、サビの部分の歌詞を紹介します。
 縦の糸はあなた
 横の糸は私
 織りなす布は
 いつか誰かを 暖めうるかもしれない
 …これがサビの歌詞です。
 人を糸に例え、人との出会いによってその後出会う誰かの役に立つかもしれないということが歌われています。 この曲は中島さんが結婚する友人に向けて作った歌です。
 この曲の最後の歌詞に、「しあわせ」という言葉が出てきます。みなさんはしあわせと書く時どのように書いているでしょうか?例えば、漢字で幸福の幸の字に送り仮名でせで「幸せ」と書く人、全部ひらがなで「しあわせ」と書く人がいると思います。 しかし、中島さんの「糸」の曲の中では仕事の仕に合計の合、送り仮名にわせで「仕合わせ」と書かれています。 この「仕合わせ」には、良い意味も悪い意味も含めた巡り合わせという意味があります。
 もともと、しあわせという言葉は「し合わす」が語源であり、何か2つの動作が合うことが「仕合せ」だと言われていました。言い換えるなら、巡り合わせという言葉のほうが意味としては近いそうです。自分が今置かれている状況に、偶然別の状況が重なって生じることがこの「仕合わせ」だと言われています。
 この曲の最後の歌詞は
 縦の糸はあなた
 横の糸は私
 合うべき糸に
 出逢えることを
 人は仕合わせと呼びます
 …となっています。
 自分の今の人との出会いが良いものであっても悪いものであっても運命の巡り合わせであるといった意味が込められています。 今の友だちとの関係においても色々な人との出会いがあると思います。その出会い1つ1つが自分を成長させてくれ、その経験がその後出会う誰かの役に立つことを忘れずに日々の学校生活を送ってほしいと願っています。


 


 


「失敗は成功のための財産」~2月9日(火)朝の話
2016.02.11     M.Y.

 世界の自動車メーカーホンダの創業者、本田宗一郎さんのお話をしたいと思います。
 本田宗一郎さんは、子供の頃、読み書きが嫌いで苦手な劣等生でした。ただ、機械いじりが好きでたまりませんでした。そのため、本田さんは高等小学校を卒業すると、町の修理工場に丁稚奉公として就職しました。
 けれども、すぐに車の修理ができたわけではありません。本田さんに与えられたのはスパナではなく、雑巾一枚。朝から晩まで工場の掃除と赤ん坊の世話が、本田さんの仕事でした。これが一年半も続きます。
 こんな辛い状況から何度も逃げ出そうと思ったそうです。しかし、この下積み生活があったからこそ、後で、乾いた砂漠が水を吸い込むように車の知識と技術を吸収できたのだと彼は語っています。
 そのうち自分でもっといいエンジンを作りたいと思い、28歳で定時制の工業高校に通い、機械工学の基礎を学びました。
 好きなことには、納得がいくまで必死に取り組む彼は、そのうち「世界に通用する車を創りたい」という夢を語るようになります。
 周りの人は呆気にとられ笑いましたが、本田さんは本気でした。社員にも「チャレンジして失敗することを恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」と語りました。
 町工場で働いていた学歴のなかった若者の熱意と努力は、みごとに花咲き、本田さんがつくった車は、いま世界中を走り回っています。
 私は、本田宗一郎さんのこの言葉も好きです。
 「世間の人は私を成功者だというがとんでもない。
 私がしたことの99パーセントは失敗だった。
 成功したのはわずかに1パーセントですよ。」


 本田さんは人から見れば、不可能に思えることにチャレンジする人でした。
 ですから、失敗は多い。
 しかし、チャレンジしなければ成功もありません。
 失敗があっても、失敗から学べば、失敗は成功のための財産になります。
 成功は、失敗を恐れないチャレンジ精神と失敗から学ぶ賢明さから生まれるのです。


 


「目標と覚悟」~2月3日(水):朝の話
2016.02.09     M.O.

本日、心の扉を担当します、体育科のOです。


皆さんご承知の通り、私は昨年の4月に聖和女子学院に赴任しました。
この心の扉も初めての経験です。


職員の一人一人が校内放送を使って、校内の皆さんに語り掛ける機会を作っている学校がほかにもあるのでしょうか?私は聞いたことがありません。そして、この心の扉での話は聖和のホームページ上でも閲覧できるように工夫もされています。
在学中はマイクを通して、卒業後はホームページを通して、 この学校で共に生きた私たちはつながりを深め合っている。
これが聖和の伝統と文化だと感じると、とても嬉しくなります。


 さて、昨日、250名余りの中学生が聖和女子学院を受験に来ました。
試験に臨む姿。面接で答える姿。皆それぞれに目標をもってこの学校を受験に来ていました。 その姿を見て、私は一つの詩を紹介しようと思いました。


十里の旅の第一歩      百里の旅の第一歩    同じ一歩でも覚悟がちがう
三笠山に登る第一歩     富士山に登る第一歩    同じ一歩でも覚悟がちがう
どこまで行くつもりか    どこまで登るつもりか
                           目標がその日その日を支配する


明治時代の教育者の後藤静香(せいこう)氏の著書に収められている「第一歩」という詩のなかの一句です。
聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。


「目標」と「覚悟」。
皆さんも私もそれぞれの目標がありますね。
聖和から見える弓張岳に登るのか、日本一の富士山か。
この目標から、毎日の過ごし方が、自分の生き方が始まっている。


「頭の中で何を選択して、どう行動しているか。」今をどう過ごしているか。
これが覚悟の現れだと伝えているのだと思います。 皆さんも今一度、「目標」に目を止めてみる機会を作ってみてはいかがですか?
<目標がその日その日を支配する。>
今日も覚悟を胸に、お互い頑張りましょう。


今朝はこれで終わります。


 


高校時代の恩師
2015.12.05     E.N

 みなさん おはようございます。


 先日、部屋の掃除をしていて、出てきた高校のアルバム。ぱらぱらっと懐かしくて見ていると、ソフトテニス部時代の恩師の姿が。当時、恩師の車のエンジン音だけで、テニスコートに来たことがわかるくらいに、それはそれは恐ろしく厳しい先生でした。その先生からたくさんのことを教えていただきました。今日は、そのなかでも、ソフトテニス部に入部して初日のミーティングで教えていただいた話を紹介したいと思います。


 高校校時代はたった1回、やり直しのできない3年間である。その3年間の中で、自分が何をするか、どれだけ自分を成長させるかは、その人の考え方・過ごし方で決まる。時は待ってくれない。なんとなく過ごしていてもどんどん時間は過ぎていく・・・。


厳しい中で自分を鍛えることのできる時期は人間の一生の中でそんなに多くはない。やはり、中学校、高校時代が1番1つのことに夢中になって、そこからどんどん吸収していける時期だろう。逆に遊ぶこと、楽しむことはいつでもできる。


 もし、ここで君達が必死で頑張れば、高校3年間でテニスを通して身に付けた力(目には見えないが)は必ず人生の財産=自分を支えてくれるものになるだろう。ならば、時間を惜しみ、努力して、人にまねのできない大きなことをやろう!1つのことに熱中し、1つの夢を追っている人間は輝いている。さらに自分のやっている事がどれだけ価値のあることかわかって自信を持って進んでいる人は、もっと輝いている。今の自分に満足せず、大きな夢を追い続けよう。やれると思って挑戦し続ければ必ずやれる!苦しいことから逃げなければ、必ず夢をかなえ、心から満足できる高校3年間がおくれるはずだ。


 ラケットを置き、卒業する時に「私はこんなに頑張れたんだ」「苦労してでもやってきて良かった」と自分自身に誇りを持ち、「テニスをやって良かった」という満ち足りた気持で去っていけるように・・・。


 恩師は、ソフトテニスのテクニックやゲームに勝つ戦略も、もちろん、教えてくださいましたが、それよりも、人として大事なことを、部活を通してたくさん教えていただきました。


 聖和のみなさんに言いたいことは、将来、社会という大きな集団の中でよりよく生きるために、『幸せ』であるために、今の学校生活があるのだと思います。まずは、明後日から始まる期末考査にむけて、できることを全力でおこなってください。今、努力していることは、必ず報われる時がきます。(E.N)