世界平和を望むなら…(朝の話:H27.2.17)
2015.02.17     K.O.
高校3年生と中学3年生にとってはあと10日ほどで卒業式を迎えます。
私は、前々校長のシスターが卒業式の式辞で次のように仰ったのが今でもとても印象に残っています。「世界の平和を望むのならば、まずはあなた方の足もとからそれを実現してください。」と言われた言葉です。
世界平和というときに、私たちはついつい遠い紛争地域の平和のことを考えてしまいがちです。ではあなたの身近なところにその戦争の種はありませんか?とシスターは問われました。あなた方の家庭ではどうでしょうか?お父さんやお母さん、おじいちゃん・おばあちゃん、お姉さんや妹・弟などの兄弟と仲良く過ごしていますか?クラスのお友達とはいかがですか?誰かの悪口を言ったり、仲間はずれの友人はいませんか?いつも一人で寂しそうにしているクラスメートを、見て見ぬふりをしていませんか?人が傷つくような言葉を簡単に口にしていませんか?
遠い遠い国々で起こっている悲惨な戦争も、最初は小さなもめ事からのスタートだったのかも知れません。自分がもし身近な人たちとの心の交流ができていないとすれば、シスターが教えてくださったように、決して世界の平和を願っていると言うには、まだまだその資格が足りないのかも知れません。こういう私も、身近な人たちに心を開いて、相手の立場に立って誰とでも仲良くふるまう行動ができいるのかと問われれば、残念ながらまだまだ十分には実行できていません。
本校教育理念の柱である“隣人愛の精神‘’は、口で言うのは簡単ですが、実行するのは本当に難しいことだと思います。自分に冷たい人、自分にとって都合の悪い人、自分の陰口を言う人、周囲には実にいろんな人がいます。自分に限らず、自分の家族や自分の大切な人が辛い思いをさせられたり、悲しんだり悔しい思いをさせられたり、ましてや命を奪われたりしたら、その相手を憎む気持ちを抑え、相手の罪を許すということは、本当に難しいことだと思います。
学校では「相手の人たちを、その人たちの立場に立って、自分と同じように愛しなさい。自分がされて嫌なことは、人にしてはいけません。」と隣人愛の意味を教えています。
おそらく多くの皆さんも頭の中ではわかっているはずです。そしてそれをいつも実行できているという人もたくさんいると思います。そんな人は本当に偉いなぁ、と心から尊敬します。私はまだまだ修行が足りません。
そこで、卒業生への私の最後のメッセージとして、本校の校訓をもう一度意味をかみしめながら、ここであらためて紹介し今朝の話を終わります。
「苦しむ人と共に苦しみ、喜ぶ人と共に喜べるよう、キリストの愛の心で人々に接しよう」
今朝はこれで終わります。
「いつもと違う朝」:朝の話(1/21)
2015.01.22     F.U.
おはようございます。2015年が始まり20日が過ぎました。
みなさん、今年の目標は立てましたか?

さて、冬休みに実家に帰った際、ふと高校時代の卒業アルバムを開いてみました。私が通った鹿児島の高校は当時10クラスあり、私は自分が何組だったかも覚えていませんでした(たしか2組か3組でした)。不器用なりに、毎日を過ごしていた高校時代、印象に残っているある方の講演会での言葉があります。当時、母校では様々な分野で活躍されている方をお呼びしての講演会が開かれていました。阿川佐和子さんや恵俊彰さんなど、メディアの表舞台で活躍されている方もいらっしゃいました。


その中で、元NHKのアナウンサー、宮崎緑さんがいらっしゃった時のことです。その時はすでに国際政治学者やジャーナリストとして、中東を中心に飛び廻られていました。そのなかで、アフガニスタンに行ったときの話をしてくださいました。世界には、戦争が正義で、人を殺めることに幸せを感じている子どもたちがたくさんいる。何の悪気もなく、純粋にそう信じている場合があるとのこと。高校2年生の夏、進路や将来を考えていなかった私のなかに、教育という言葉がよぎったのは、その時だったかもしれません。


他のどんな時とも違う、特別な言葉や瞬間は、これからみなさんにたくさん訪れると思います。その時、みなさんはより輝けるのではないでしょうか。三年生のみなさんは、いよいよ卒業が近づいてきました。新しい環境でも輝いてください。
今朝はこれで終わります。
『準備八割』:朝の話(1/14)
2015.01.22     R.M.
おはようございます。2015年の新年が明けて、今年をどんな年にしたいか?
抱負・目標を立てた人も多い事でしょう。


私は、何においても「準備八割」というこの言葉を大切にしています。
これは、昨年末から行われていた全国高校ラグビー選手権で優勝した東福岡高校の監督さんが以前に何かの時に言っておられた言葉です。それを自分なりにいろいろな事や、多くの状況で常にこの言葉を大切にし、10年間、3年間、1年の計画、1カ月、1週間の計画それから今日1日で行うようにしています。
また、今年の春の高校バレーで優勝した東福岡高校の男子バレー部の藤元監督も1年間の計画を分単位で練習計画を立てていると聞いたことがあります。
計画を立てるということは、その通り行うことも大切ですが、無理な計画になっていれば立て直し、足りなければ補う、短い期間の計画で失敗する結果に終わったならば、修正していくことで大きな目標に近づくうち、経験値が積み重なり目標達成のためのしっかりとした計画を立てられるようになる。それこそが、人生における成功するための経験になっていくのだと思います。
ただ、あと2割は「全力を出せる事・出し切るだけの強い心」だと思います。日頃の自分の姿勢が、劣勢のときの強気な気持ちや調子がいいときに油断せずに進める気持ちを育てると思います。
これは、スポーツに限ったことではありません。今週末は、各クラブの新人戦などの試合、高校3年生にとっては人生を決めるセンター試験が行われますね。今まで計画してつけてきた力をすべて出し切って戦って来て下さい。
「やさしさに包まれたなら」(H26.12.10:朝の話)
2014.12.15     K.H.
おはようございます。入試広報部保健体育科のK.H.です。
今日は最近あった心が温かくなった話をさせていただきたいと思います。その時の状況を思い出しながら文章を考えていますので文の構成及び文法上間違いがあったらお許し下さい。先日中学校をまわる途中トイレ休憩をしていた時の事です。私が車を停めていた駐車場に老人介護施設のワゴン車が2台停まりました。ほとんどが車椅子のお年寄りで、お世話をされている介護士さんを見ながら、あらためて大変なお仕事だなと痛感しました。その中で一人のお年寄りが「トイレに行きたいのですが」と申し訳なさそうに言われました。なぜ申し訳なさそうにかというとそこのトイレは少し離れた小高い丘の上にあり、ましてや車椅子となれば舗装された道を遠回りしなくてはならないのでかなり重労働です。するとお年寄りの近くにいた介護士さんが「私がお連れしますよ」と笑顔で対応されていました。失礼ながらしばらく観ていると介護士さんのお年寄りに対する接し方、言葉遣い、ちょっとした心配り、とびっきりの笑顔等、ホントに心の優しい女性なんだと私の目に映りました。私がほのぼのとした気分になってるとなぜかその介護士さんが私の所にやってきました。「平原先生でらっしゃいますよね?」「え?おー、久しぶり、卒業以来だよね」「はい、大変ご無沙汰しています」「元気で頑張っているね」「はい、頑張っています」とまたまたとびっきりの素敵な笑顔。最近目の老化現象で私は全く気づいてなかったのですが、彼女は私に気づいたらすぐに挨拶に来てくれました。彼女は6~7年くらい前の卒業生で高校時代はとてもおとなしくどちらかと言えばあまり目立たない生徒でした。また、コミュニケーション能力も決して高い方ではありませんでした。仕事というものが彼女を成長させた部分も大きいとは思いますが、私が一番嬉しかったのは彼女のお年寄りに接する態度、行動を観て「聖和の心」を忘れていないということ。「聖和の心」つまり、今、みなさんが学んでいる「隣人愛の精神」「奉仕の心」ですね。 彼女のおかげでその日はなんか暖かな気持ちになって仕事をすることができました。来週は今学期最後の行事、クリスマス会、社会福祉活動です。ただ単に行事に参加するのではなくカトリック学校の生徒としてその意味をもう一度考えてみましょう。また、施設訪問に参加する生徒さんは心のこもった優しい気持ちでお年寄りに接して下さい。最後に今文章を考えながらふとある歌が頭に浮かんだのでご紹介します。ここで私が一曲歌ったら一日中吐き気をもよおして授業にならないと思いますので、冒頭の歌詞だけご紹介したいと思います。
松任谷由実さんの「やさしさに包まれたなら」

小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持ちで目覚めた朝は
おとなになっても奇蹟はおこるよ
やさしい気持ちで目覚めた朝は
おとなになっても奇蹟はおこるよ

もし機会があったら聴いてみませんか。一人くらい心が温かくなれるかもしれませんよ。今朝はこれで終わります。
見方を変える
2014.11.18     H.T.
おはようございます。
私は大学を卒業してすぐこの母校に戻り、教員という仕事を続け
今年で10年になります。
同じ職場で他の職種のことを詳しく知る機会があまりないのですが、
今年は中3での商品開発でお世話になった、草加家さんの高木社長様と
よくお話をさせていただくことがあり、自分にとっても多くを学ぶことができました。
その中で一番印象的だったのは打ち合わせ最後の社長からの問題でした。
お茶碗一杯のごはんはいくらでしょう。
今までごはんを食べながら考えたこともない私はパックのごはんを想像し、
100円ぐらいかなと思っていましたが、なんと30円ほどしかないそうです。
安いから家計にはありがたいなと思いながらも、このお米を作っている
農家の人々にはどれくらいお金がいくのだろうかと考えてしまいました。
立場が変われば見方が変わる。見方を変えれば手に取る商品も変わるなと
思ってしまいました。
同じ環境にずっといる私は自分のものの見方が単一化してしまっていないか、
と心配になりましたし、同時に角度を少し変えただけで、自分の認識が変わっていく
可能性にもワクワクしました。
先日あるクラスで自分の長所がわからないなら、短所と思っていることを
言い方を変えればいいねと言う話題で盛り上がりました。
例えば優柔不断は慎重に考える、頑固は意思が強いなどです。
今マイナスに見えるものも、角度を変えて見てみれば、プラスに見えてくるかもしれません。
テストで良い点が取れなかった。朝、親とケンカした。友達に嫌なこと言ってしまった。
人のせいや運のせいにすれば楽ですが、マイナスをプラスに変えるチャンスを
逃していませんか?
ちなみに私はみなさんよりも少々年を取っていますので、脳が凝り固まってきています。
それを和らげてくれるのは人との接触だなと改めて感じています。
まだまだ脳がやわらかい皆さんはいろんな角度から物事を眺めてみてはどうでしょうか。