「ロミオとジュリエット効果」〔H26.11.12(水):朝の話〕
2014.11.12     M.S.
出勤の時、バス停に向かう小道にもみじの木があります。毎年、その紅葉が楽しみで、青青としたもみじの葉が日毎に紅く染まるにつれて、秋の深まりを感じています。

さて、今日は文字力テストです。テストの準備は万全でしょうか。また、今学期の期末考査まで2週間余りとなりました。「まだ2週間もある、勉強は明日から!」と日々をやり過ごし、自分を甘やかしてはいませんか?時は無情です。あっという間にテスト前日になってしまいますよ。
西日本新聞(平成26年2月16日付)に興味ある言葉を見つけました。みなさんは「ロミオとジュリエット効果」という言葉を聞いたことがありますか?これは心理学用語で「障害があれば逆にそれを乗り越えて目的を達成しようとする気持ちが強まることをいう」のだそうです。『ロミオとジュリエット』はシェイクスピアの有名な物語ですね。粋なネーミングに感心してしまいました。若い二人は自分達の愛を成就させようとしますが、悲劇に終わってしまいます。ハッピーエンドにならないからこそ、読者に多くのことを語りかけてきます。「まだ2週間もある」と思った生徒さんはこれまでのテストを思い出してください。きっと残念ながら同じことを繰り返しているのではないかと思います。もし、自分は頑張ったのにテストの結果が「悲劇」であったならば、『イソップ物語』の「アリとキリギリス」を読み返してみましょう。「勤勉」に勝るものはありません。成績向上の薬です。
あなたの持つ「学習能力」を活かしましょう。テスト勉強にとりかかるのにいろんな障害というより、「誘惑」があると思いますが、それを乗り越えて今まで以上の成績を取った時に、あなたには「大きな学び」という財産が残るはずです。みなさんの健闘を祈ります。
今朝はこれで終わります。
「音楽のつどい」(H26.10.29:朝の話)
2014.11.03     K.S.
おはようございます。
先週の土曜日の「音楽のつどい」では、皆さんの素晴らしい歌声とメッセージに感動いたしました。
全校生徒が心ひとつにして、ひとつのことを成し遂げるなんて、他校にはない聖和ならではであり、聖和だからこそできることです。
第33回を迎えた「音楽のつどい」何と!私が聖和に勤務した次の年から始まった行事です。1982年、昭和57年に第1回目が市民会館で開催されました。
プログラムの内容は、基本的には、桜の聖母幼稚園のマーチングに始まり、中学部の合唱、独唱、ピアノ演奏、留学生の日舞、高校コーラス部の合唱、最後はハレルヤコーラスというもので、その他、バレエ、吹奏楽、他団体を招待したりなど、毎年変化に富んだ楽しいコンサートです。
「音楽のつどい」はチャリティコンサートであり、生徒全員に、欲しいものや飲みたいもの、食べたいものを少し我慢してチケットを購入していただきます。そしてコンサートの収益金は、当初から、アフリカ飢餓救援募金や難民救済、カリタスジャパンやユニセフ募金として送られ、また、その年その年に起こった災害(火山噴火や地震、洪水など)のための募金に使われてきました。今年はもちろん東日本大震災や広島の洪水災害の支援にも送られます。
もちろん地元、長崎新聞社の歳末助け合いや佐世保市福祉協議会には毎年寄付を続けているのです。
一時期、アフリカシェラレオーネの子供たちの給食費やインドの子供の教育費にも送られていました。第6回からは善きサマリア人修道会のシスター方が活動されているフィリピンに援助を続けています。フィリピンのバコロドに幼稚園を設立する時にも貢献しました。
まさに隣人愛の実践をずっと続けている行事なのです。
来年は是非、もっとたくさんの方に来ていただき、私たちの活動を知っていただき、隣人愛の実践活動を広げていきましょう。

さて、私も1回だけステージに立って歌ったことがあるんですよ!!
平成9年、第16回「音楽のつどい」でした。たくさんの卒業生の方々やシスター方と同じドレスの衣装を着て出演しました。今でも忘れられない思い出です。

皆さん、どうか卒業しても、ステージ出演したことを思い出し、いつかどこかで、自分の周りや世界中のどこかで困っている人のために、自分の欲しいものをちょっと我慢して、自分の出来ることを実践して欲しいと願います。

今朝はこれで終わります。
「身につけてほしい4つのこと」(H26.10.22:水 朝の話)
2014.10.22     N.S.
みなさんおはようございます。
今日は挨拶・返事・靴並べそしてきれいなトイレについてお話したいと思います。


まずは挨拶。聖和では「ワンスットプ挨拶運動」という素晴らしい取り組みをしていますね。「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」など気持ちの良い挨拶をかわすことができる方は多くいます。笑顔での挨拶は本当にうれしいものです。「あいさつ」は「心を開きあなたを受け入れます」という意味だと以前何かの記事でみたことがあります。相手の立場に立った時、本当の挨拶ができるのだと思います。

次に返事
。呼ばれたら返事をすることは当たり前のようですがなかなかできません。
意識をしていないと難しいことなのかもしれません。しかし習慣づけば自然とできるようになるのでしょう。

次に靴並べ
。靴が並んでいるかどうかはその人の心の状態を表していると思います。朝登校してきたときに「今日も1日頑張ろう」と思っている人はいつもきちんと揃えることができるでしょう。またどんな場所でも靴をきちんと並べるという意識をもって行動できる人はしっかりと自分を律することができる人です。学校だけでなく自宅や訪問先でも意識をしてください。また教室の机の中や棚の中でも同じことが言えるでしょう。

最後にトイレ
。トイレの様子を見ると学校の生徒の様子がよくわかるといわれます。トイレがきれいに使用されている学校の生徒たちの心はやはりきれいであろうと思います。ある高校野球部のグラウンドを訪れたときに「チームが強いかどうかはそのチームの部室そしてトイレをみればわかる」という張り紙を目にしたことがあります。そこのトイレはきれいでした。さすが強豪校ですね。そうじがしっかりとなされていることはとても大切です。しかしそれに加えて、使用する人が汚さないこと、汚したらきれいにすることを心がけてください。

以上みなさんにも身につけてほしいことがらです。
プレッシャーを感じることの意味
2014.10.21     E.N.
おはようございます。
みなさんはどんなときにプレッシャーを感じますか。
プレッシャーを感じることの意味とは何だと思いますか。

将棋の世界で活躍されている羽生善治(はぶよしはる)さんを知っていますか。羽生さんは将棋界の「永世名人(えいせいめいじん)」つまり、最高の位の資格を持ち、タイトル戦、獲得数は、歴代1位です。将棋界に「名人」が誕生して400年ほどになるそうですが、名人という地位を得た方は、なんと、たったの16人だそうです。。
つまり、「名人」は16年に一人しか生まれない計算になるのです。とてもすごいことがわかります。
将棋は、一つの極面で指す手が約80通りあるそうです。その中から、最も有効であると考えられる一手を決めなければいけません。しかも、その手を考える時間は場合によっては、30秒という短時間です。一手の選択に、かなりのプレッシャーがかかることは想像に難くありません。さらに「永世名人」として負けられないというプレッシャーも相当なものでしょう。その羽生さんがプレッシャーについて次のように述べています。

「緊張やプレッシャーを感じるのは決して最悪の状態ではなく、あと一歩のところまできており、自分の能力を発揮できる場面と考える。」
プレッシャーをこのように考えたことがありますか?私は、この考えに「なるほど」と思いました。また、この前向きさが強さには必要なのかもしれません。

学生時代、ソフトテニス部に所属していた私は、ある公式戦団体で順調に勝ち上がり、ついに迎えた決勝戦、とてつもないプレッシャーを感じました。周りを見れば大勢の観客、応援する人、、、私の心臓はもう漠々でした。
「これまでやってきたことは間違っていなかっただろうか。」「今まで支えてもらった方に変なプレーは見せられない・・・」「私たちがやってきた練習は正しかったのか・・・」など、気がかりなことはたくさんありプレッシャーを感じたのものでした。

プレッシャーは様々なことに真剣に取り組むからこそ感じるのではないでしょうか。真剣に取り組まない人は「まぁ、いいや」と考えている。だから結果も気にならないのでプレッシャーを感じないのでしょう。真剣に取り組む人は、「これだけやったのだから結果がでるはずだ・・・」と思いながら「だめだったらどうしよう・・・」と考えてしまいす。プレッシャーですね。しかし、羽生さんの言葉を借りると、「あと一歩のところまできており、自分の能力を発揮できる場面」と言えるのです。

10月~11月にかけて、各部活動とも地区や県の新人戦や音楽のつどい等の出演、その他にもいろんな場面で活躍することと思います。これは勉強面でも同じ事が言えると思います。「勝てるだろうか、無事に成功するだろうか。良い点が取れるか」一生懸命に打ち込んできた人は、今プレッシャーを感じているはずです。これも、「自分の能力を発揮できる場面」であり、苦しい場面を打ち破ってことそ、さらに強くなれるのです。
“プレッシャーを感じる”それは、“大きく飛躍する”チャンスなのです。
羽生さんからのアドバイスをもう一つ付け加えておきます。
「不調の時には、生活に変化やアクセントを付けて乗り切る」のだそうです。
皆さんのご活躍をお祈りしています。
神様はひとりひとりに計画を持っていらっしゃる(H26.10.14:朝の話)
2014.10.15     S.N.
今月はロザリオの月です。昼休みの13時10分から聖堂でロザリオの祈りを唱えています。まだ参加していない人は、せっかくカトリックの学校に来たのだから、卒業するまでにぜひ一度は参加してみてください。

とは言うものの、実際に私が高校生だった時に、私は一度もロザリオの祈りに参加したことはありませんでした。宗教という科目に惹かれて入学したはずの高校で、「仏教徒だし、洗礼を受けるつもりはないし」と思って、自由参加の宗教行事に足を運んだことはありません。当時の気持ちを今更表すのは難しいですが、信仰するつもりはないから無意味だと思っていたのかもしれません。

また、大学時代、キリスト教を専門的に学んでいた私でしたが、日本のキリスト教を学ぶよりも、福音書や西洋のキリスト教ばかり学んでいました。長崎の大浦天主堂や二十六聖人のことより、イタリアのサン・ピエトロ大聖堂やフランスのノートルダム大聖堂などに行きたいと旅行に出かけ、長崎は国内だから、外国に比べればいつだって行ける。そんな風に思って、長崎に行こうと思う気持ちは少しもありませんでした。

今、私はそんな長崎に来て、教壇に立ち、中学二年生に日本のキリスト教史を教えています。しかも、高校時代には一度も参加したことがないロザリオの祈りを、自分が声をかける側になりました。
その時は興味がない、関係ない、無意味だと思っていたことが、自分の将来に関わっていたなんて、当時の自分は知る由もありません。ですが、私はそういったところに、神様がひとりひとりに計画を持っていることを感じずにはいられません。もしかしたら、自分が与えられた環境や出会った人々。それはすべて神様の計画の一部なのかもしれません。

ロザリオの祈りは、今月いっぱいまで行われています。忙しい毎日に少し心の余裕を持ちたい。そう思ったときは、ぜひ聖堂の扉を叩いてください。もしかしたら、それがみなさんの神様が用意している計画の一つかもしれません。