明日9月7日(土曜日)明後日9月8日は聖和女子学院学院祭 写真部は写真甲子園出場記念として 写真甲子園初戦応募作品20年分を展示します。 写真甲子園一番初めの作品は本校ハンドボール部の写真でした 写真甲子園のテーマは『青春』と『故郷』が交互に与えられ 『青春』の時は高総体を中心に『故郷』の時は戸ノ尾市場を中心に撮影し応募していました。 卒業生の方々、高校時代の青春の1ページが写真となって展示してあるかも知れませんよ。 ぜひ、2階の写真部展示室に足をお運びください。 また、先週 BS朝日で放映された「Hello!フォト★ラバーズ」”特別編”写真甲子園  も放映します。 聖和写真部の北海道での活躍を見逃した方も、明日あさっての学院祭でまってます。
 巡礼旅行も最終日となりました。今日は雲仙の殉教をテーマに史跡をまわります。この日はさすがに避暑地の雲仙でも、かなり気温が高く、やはり汗だくでの巡礼となりました。  雲仙の地獄めぐりの中に、当時キリスト教を棄教させるための拷問がここで行われました。雲仙はもともと仏教の修行などを行う場でもあったそうです。ひっそりと片隅に位置していた「キリシタン殉教記念碑」のもとで、私たちは当時の拷問の説明を聞き、殉教者の方々のために祈りを捧げました。  最後は雲仙教会にて日曜日のミサに与りました。雲仙教会は雲仙地獄で殉教したアントニオ石田に捧げられた教会です。両側にあるステンドグラスにも、その殉教のシンボルが美しく記されてありました。   {最後に}  今年で三回目となる長崎教会群巡礼旅行も無事に終えることができました。長崎県で力を入れている「長崎の教会群を世界遺産へ」という運動は、その建物だけではなく、過酷な歴史の流れの中でも教えを守るためにある者は殉教し、ある者は子子孫孫へとその教えを伝えていったその事実も遺産としようとしているように思います。  生徒たちにも、この巡礼旅行を通して、現在の長崎の地に住む私達へと受け継がれてきた芳醇な歴史と信仰を感じ取ってくれたと思います。  この旅行を支えてくださった教会関係者、カトリックセンターのスタッフの方々、雲仙有明ホテルの栗原支配人とスタッフの方々に深く感謝いたします。そして、神に感謝!!
 巡礼旅行二日目(8月10日)の報告です。 私たち巡礼団は、二日目は長崎市内を中心に各所を巡礼していきました。昨日は長崎の原爆投下の記念日で、たくさんの方々が礼拝に来ておられました。今日は少し昨日より静かな教会で、心静かに(とっても暑かったですが・・・)先人の信仰の跡をたどっていきました。  まずは宿泊した「カトリックセンター」のすぐそばにある、「浦上天主堂(教会)」へと登ります。 豊臣秀吉の時代から始まる、殉教・弾圧の歴史に耐えてきたキリシタンたちが、1914(大正3)年に20年の歳月をかけて築き上げた教会です。残念ながら、アメリカの原子爆弾により倒壊し、8,500人の信徒が爆死したといわれています。  この日は教会の方が便宜をはかってくださり、レプリカでない被ばくしたマリア様の頭部を拝見させていただきました。同じキリスト教徒が戦争で傷つけあうことほど、悲しいことはありません。しかし、それだけでなく、浦上の信徒の皆さんは、このような惨劇にあってもまた立ち上がり、信仰を伝え続けていることに改めて尊敬の念を抱きました。  西坂の二十六聖人殉教の地へと足を運びました。長崎のNHKの裏手にある所で、どんな苦しみにも耐えてきた二十六人の方々の旅が、終わりを迎えた地です。彼らの信仰の強さを感じながら、次に「大浦天主堂」に向かいました。まずは信徒発見のレリーフに向かいます。当時「フランス寺」と呼ばれたこの教会に、死の危険を顧みず出向いたのはほとんど女性だったとのこと・・・。  しかし、二百数十年の間キリシタン弾圧に耐え、信仰を伝え続けてきた信徒の方々の強さを感じずにはいられません。まさしく「世界宗教史の奇跡」です。      大浦天主堂を後にした私たちは、その後昼食をとり、聖コルベ記念館のある本河内教会に向かいました。 コンベンツァル聖フランシスコ会の司祭、マキミリアノ・マリア・コルベ神父さまがこの長崎の地でどのような宣教をし、そして、アウシュビッツ強制収容所で見ず知らずの人の身代りになった亡くなったその姿を、資料や展示物から学びました。説明してくださった平孝之神父様、ありがとうございました。    予定にはありませんでしたが、最後に私たちは長崎の原爆資料館を見学することにしました。二度も被ばくした日本ですが、東日本大震災で私たちは自らの手で、自分たちを放射能にさらすことをしてしまったように思います。当時の被ばくした人々と、故郷に帰ることができない福島の人々の思いをもう一度共有するために、私たちはここでまた原爆に関して学習することとしました。  二日目の日程は、炎天下の中、強行軍でしたがたくさんの収穫を得ることができました。明日の巡礼に備え、私たちは一路雲仙へと向かいました。 (三日目に続く)
 去る8月9日の登校日に合わせ、本年度で3回目となる「長崎県輝く私学支援事業指定長崎教会群巡礼旅行」を実施しました。 2泊3日で外海⇒長崎市内⇒雲仙各所に残された教会群およびその関連施設を本校中・高校生6名の生徒が訪ねました。 ここでは先ず初日の様子をお伝え致します。 外海歴史民俗資料館と、隣接されているド・ロ神父記念館では、 古代から現代に至る外海の暮らしを豊富な展示資料を通じて学びました。 外海は断崖が続き、良好な港の確保が難しいため漁業の発展が望めず、 強烈な潮風に晒される上、平地も少なく農地としても恵まれていなかったという歴史的な背景があります。 そうした地理的な条件もあってか、江戸初期に出された禁教令以降、 絵踏に代表されるような徹底的な信仰調査や弾圧・迫害の度合いは他地域と比べれば緩やかでものでした。 潜伏キリシタンの拠り所でもあった外海にもやがて弾圧の手がのびると、 安住の地を求め五島への移住に踏み切る住人も現れました。 キリスト教信仰を解禁される明治を迎えるまで彼らがどのような信仰生活上の困苦と向き合ってきたのか。 また、外海へ赴任したド・ロ神父様が文字通り生涯を賭け、 信仰復活のみならず、如何に草の根レベル(特に女性の就労・自立支援という観点)からの 殖産興業に尽力奔走されたのかを具に知るきっかけになりました。 開館時刻を若干過ぎてはいたのですが、丘陵に建つ出津教会堂にも足を伸ばすことができ、 巡礼を無事進められるようお祈りを捧げることができました。 最後に訪れたのは、遠藤周作文学館です。 夏季の開館時刻が特別に延長されていたお陰で、外海ならではの眺望も館内から堪能しながら、 遠藤氏の精力的な執筆活動の足跡を辿ることができました。 入館前に生徒たちには代表作『沈黙』のあらすじを紹介しましたが、 顧問としては彼女たちが在学中に遠藤氏の作品の一端にでも触れて (『女の一生』・『沈黙』・『海と毒薬』等は映画化もされています)、再びこの文学館を訪れた際に、 氏と長崎を結びつけた縁や執筆動機、信仰の誕生と発展、挫折と受難、信徒発見に代表される驚愕と歓喜、 継承と深化、それら全てを内包した豊潤で神奥なナガサキを見つめ直すきっかけになればと切に願います。                                                       【文責 宗教部顧問】