9月7日(土)・8日(日)の両日に渡って実施いたしました、今年度の聖和女子学院の「学院祭」。土曜日は生憎の雨で、日曜日はどうなるかと心配しておりましたが、お陰様で天気にも恵まれました。 保護者の方々をはじめ実に多くのお客様にご来場いただき、生徒たちは大満足で終えることができました。生徒も職員もバタバタと動き回る中で、お客様の対応が十分にできずに失礼なことがあったかもしれません。この場をお借りしてお詫び申し上げます。 重い机を2階から4階まで一人で運んでいた、小さな中学生のたくましさ。早朝からカレー作りの仕込みに入られていたお母様方。熱々のホットドッグやフランクフルトを振る舞う一方で、アイスクリームの販売に必死になって動き回られていた同窓会(聖苑会)の卒業生の方々。女性のパワーとエネルギッシュな行動力が育まれ、その精神が現役生たちに脈々と受け継がれている姿を随所に拝見されました。その嬉々として活動される姿がとても頼もしく、周囲の多くの人たちが元気づけられました。 高校1年生と2年生のある生徒が、「先生、私、ほんっとに聖和に来て良かったと思います。女子校ということで偏見を持っていたり、不安がっていたけど、全くの逆だった。聖和サイコー!!!」と、全く別の場所で、全く同じことを言って話しかけてくれました。こういった言葉は、私たち職員にとって本当にエネル源となる最高のプレゼントです。 これに甘んじることなく、また明日からの学校教育活動に心血を注いでまいりたいと思います。 学院祭にご来場くださったお客様をはじめ、この学院祭に多くの力を貸していただいた皆様方に、心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。          (職員一同)
本日と明日、聖和の文化祭(学院祭)は、明日(9/8)までです。 本日、雨で足下の悪い中を、多くの皆様にご来校いただきまして、本当にありがとうございました。 生徒たちは、本当に楽しんでいましたし、満喫していました。 明日もまたお友達やご近所ざんをお誘い合わせの上、たくさんの方々が来て下さることを心から待ち望んで降ります。
中学生・高校生の在校生によるステージ発表や作品展示はもちろん、母の会の食バザー・おやじの会の陶器市・同窓会(聖苑会)の熱々ホットドッグなどなど、聖和ファミリー全員の力を合わせて、楽しいフェスティバルを開催いたします。 皆さんぜひ来てくださいね~。 たくさんの方にご来校いただき、楽しんでいただきたいと思います。(^o^)/ 一人でも多くの方々がご来場くださいますように、願っていますので、よろしくお願いします…。  ~ 生徒会一同v(*^^*)v ~
 巡礼旅行も最終日となりました。今日は雲仙の殉教をテーマに史跡をまわります。この日はさすがに避暑地の雲仙でも、かなり気温が高く、やはり汗だくでの巡礼となりました。              雲仙の地獄めぐりの中に、当時キリスト教を棄教させるための拷問がここで行われました。雲仙はもともと仏教の修行などを行う場でもあったそうです。ひっそりと片隅に位置していた「キリシタン殉教記念碑」のもとで、私たちは当時の拷問の説明を聞き、殉教者の方々のために祈りを捧げました。              最後は雲仙教会にて日曜日のミサに与りました。雲仙教会は雲仙地獄で殉教したアントニオ石田に捧げられた教会です。両側にあるステンドグラスにも、その殉教のシンボルが美しく記されてありました。  {最後に}  今年で三回目となる長崎教会群巡礼旅行も無事に終えることができました。長崎県で力を入れている「長崎の教会群を世界遺産へ」という運動は、その建物だけではなく、過酷な歴史の流れの中でも教えを守るためにある者は殉教し、ある者は子子孫孫へとその教えを伝えていったその事実も遺産としようとしているように思います。  生徒たちにも、この巡礼旅行を通して、現在の長崎の地に住む私達へと受け継がれてきた芳醇な歴史と信仰を感じ取ってくれたと思います。  この旅行を支えてくださった教会関係者、カトリックセンターのスタッフの方々、雲仙有明ホテルの栗原支配人とスタッフの方々に深く感謝いたします。そして、神に感謝!!
 巡礼旅行二日目(8月10日)の報告です。 私たち巡礼団は、二日目は長崎市内を中心に各所を巡礼していきました。昨日は長崎の原爆投下の記念日で、たくさんの方々が礼拝に来ておられました。今日は少し昨日より静かな教会で、心静かに(とっても暑かったですが・・・)先人の信仰の跡をたどっていきました。  まずは宿泊した「カトリックセンター」のすぐそばにある、「浦上天主堂(教会)」へと登ります。 豊臣秀吉の時代から始まる、殉教・弾圧の歴史に耐えてきたキリシタンたちが、1914(大正3)年に20年の歳月をかけて築き上げた教会です。残念ながら、アメリカの原子爆弾により倒壊し、8,500人の信徒が爆死したといわれています。  この日は教会の方が便宜をはかってくださり、レプリカでない被ばくしたマリア様の頭部を拝見させていただきました。同じキリスト教徒が戦争で傷つけあうことほど、悲しいことはありません。しかし、それだけでなく、浦上の信徒の皆さんは、このような惨劇にあってもまた立ち上がり、信仰を伝え続けていることに改めて尊敬の念を抱きました。              西坂の二十六聖人殉教の地へと足を運びました。長崎のNHKの裏手にある所で、どんな苦しみにも耐えてきた二十六人の方々の旅が、終わりを迎えた地です。彼らの信仰の強さを感じながら、次に「大浦天主堂」に向かいました。まずは信徒発見のレリーフに向かいます。当時「フランス寺」と呼ばれたこの教会に、死の危険を顧みず出向いたのはほとんど女性だったとのこと・・・。  しかし、二百数十年の間キリシタン弾圧に耐え、信仰を伝え続けてきた信徒の方々の強さを感じずにはいられません。まさしく「世界宗教史の奇跡」です。      大浦天主堂を後にした私たちは、その後昼食をとり、聖コルベ記念館のある本河内教会に向かいました。 コンベンツァル聖フランシスコ会の司祭、マキミリアノ・マリア・コルベ神父さまがこの長崎の地でどのような宣教をし、そして、アウシュビッツ強制収容所で見ず知らずの人の身代りになった亡くなったその姿を、資料や展示物から学びました。説明してくださった平孝之神父様、ありがとうございました。            予定にはありませんでしたが、最後に私たちは長崎の原爆資料館を見学することにしました。二度も被ばくした日本ですが、東日本大震災で私たちは自らの手で、自分たちを放射能にさらすことをしてしまったように思います。当時の被ばくした人々と、故郷に帰ることができない福島の人々の思いをもう一度共有するために、私たちはここでまた原爆に関して学習することとしました。  二日目の日程は、炎天下の中、強行軍でしたがたくさんの収穫を得ることができました。明日の巡礼に備え、私たちは一路雲仙へと向かいました。 (三日目に続く)