心のとびら

先生から伝えたい言葉

生徒の皆さんの心に留めておいて欲しいことを先生が交代で話をします。

 さかのぼること、約4か月前、暑かった8月の広島。私は『やなせたかし展』という企画展を観に、美術館へ足を運びました。やなせたかし、ご存知ですか?『それいけ!アンパンマン』の生みの親です。『てのひらを太陽に』、という歌の作詞をされていることでも有名ですね。

 

 

 兵隊として、ご自身も第二次世界大戦を経験され、大切な弟を戦争で失っています。そして、深刻な食糧不足も目の当たりにしていて、インタビューでは、「『正義の味方』だったら、まず、食べさせること。飢えを助ける。究極の正義とは飢えている人に食べ物を与えることである」と答えています。

 

 

 94歳で亡くなるまで、多忙な日々を過ごしながら、90歳を超えても、毎朝6時には起き、6時半のテレビを観ながら、軽い体操として40回の腕立て伏せを続けていたそうです。ちなみに2009年には、1768、という最もキャラクターの多いアニメとして、『アンパンマン』はギネス記録にも認定されています。こどもたちや社会、世界に夢や元気を『与える』人は、人一倍健康に気を配り、体力を大切にしていたことが分かります。展覧会ではやなせさんの平和や愛に対するこだわり、弱い人間、弱い自分、人生で必ず訪れる苦しみ、矛盾、別れに対してどう向き合うべきか、そんな問題意識を作品でどう表現しようとしたのかを学ぶことができました。

 

 さて、仮面ライダーやウルトラマン、プリキュア、なんとかレンジャー、スパイダーマンなど、世界は正義の味方だらけです。そんなヒーロー、ヒロインたちと、アンパンマンとの決定的な違いは何でしょうか?

 

 

 ヒントは、「僕の顔をお食べよ」。そうです、単純に敵を倒すだけではなく、助けた相手に自分の顔を惜しげもなく『与える』、というところ。もう1つ、完全無敵に近いヒーローが多い中、アンパンマンは相手からの攻撃で体中にカビが生えたり、水に濡れてしまえばめちゃくちゃ弱くなり、ピンチを迎えてしまう、という意外な弱さを持っているところ。もちろん、いざという時はむちゃくちゃ強い、そんなギャップこそ、この空飛ぶ、災害対策保存食ヒーローが特別に愛されている理由かも知れません。

 

 

 1988年10月にアニメ放送が開始された『それいけ!アンパンマン』は、2018年、ちょうど30周年を迎えています。30周年公式サイトのトップページでは、笑顔のアンパンマンとバイキンマンのツーショットを見ることができます。

 

 

 この歳になって、『アンパンマン』を時々改めて見ていたら、気付くこと。主人公はもちろん、作品全体を通して、キャラクターたちがそれぞれ『挨拶』や『礼儀』を大事に、当たり前にしていることです。これも他のヒーロー作品とは違うところでしょうか。「こんにちは、行ってきます、お帰り、ありがとう」の挨拶が、アンパンマンワールドでは当たり前に交わされ、戦う前には「やめるんだ!!バイキンマン!」と声を掛け、アンパンチで吹っ飛ばされていくバイキンマンでさえ、何と毎回「バイバイキーン」とお別れの挨拶を残しています。ひねくれもののバイキンマンは、たまに女性や子供キャラが登場すると、乱暴な言葉遣いをしながらも、律義にそのキャラをフォローしたり、方法や手順を教えたり、最後まで行動を共にしてくれたり、マメな一面もあって、憎めないなぁと思います。作者のやなせさんは、「菌がこの世から消えない限り、バイキンマンとアンパンマンは永遠に戦い続ける」とおっしゃったそうです。パンを作るためには、イースト菌が不可欠なので、この言葉は心に残りました。

 

 

 やなせさん、アンパンマン、バイキンマン、共通しているのは元気の塊だったこと。「元気ですか?元気があれば何でも出来る!」とは、あるプロレスラーの決め台詞ですが、寒さや病気、テストなんかに負けないで、しっかり食べて声出して、苦しむ人と、ともに苦しんで、喜ぶ人と、ともに喜んでください。そのために、頭も含めた体力づくりをちょっとずつ年末年始に行ってみてください。

 

 

 担当は、しょくぱんマンに似ているね、とよく言われる一年生副担任、Oでした。今朝はこれで終わります。

おはようございます。
みなさんは今、何か目標を立てていますか?また、その目標達成に向けて努力をしていますか?
目標を達成するためには、そこにたどり着くまでの過程が大切になってきます。
目標とするものは、「試合で成績を残す」や、「志望校に合格する」など様々だと思います。その目標のために、どれだけ万全の準備ができたかが大切なのです。

 私が尊敬している方の一人に、サッカー日本代表にも選ばれていた、長谷部誠さんという方がいます。その方は、試合の日までにさまざまな準備を行っています。長谷部さんが書かれた「心を整える」という本の中から、1つ例を挙げてみると、「一日一回、深呼吸をして、必ず心を鎮める時間をつくること」があります。
 具体的に何をするかというと、「自分の部屋の電気をつけたままにして、ベットに横になる。音楽もテレビも消す。そして、天井を見つめるようにして、息を整えながら全身の力を抜いていく。」ということを行います。ここで大切なことは、緊張や不安からわき起こる、様々な感情で騒がしくなっている心を少しずつ鎮めることです。この習慣のおかげで、「どんなに葛藤を抱えても、翌朝には平常心で部屋を出ていくことができた」と書かれてありました。
 私はこの本を読んで、プロのサッカー選手が、「試合に勝つ」という目標のために、サッカーの練習以外にも、様々な取り組みをし、「万全の準備」をしていることに、感銘をうけたことを今でも覚えています。

 では、みなさんは、長谷部さんのように自分の目標に対して「万全の準備」をしていますか?きついから、やりたくないからといって投げだしてはいませんか?誰も気づいていないからと思って、手を抜いてはいませんか?たしかに、周囲の人に手を抜いたことは気づかれていないかもしれません。しかし、たった一人だけ、手を抜いたことに気づいている人がいます。それは「自分自身」です。
「自分自身」に嘘をつき、ごまかすことは、「自分自身」を傷つけることになります。
一番近くで見ている、「自分自身」に胸を張れるような行動を、一日一日、積み重ねていき、目標達成に結び付けてほしいと思います。

 

10月10日は記念日の数が一番多い日。
公式に定められた記念日の数は49個あるそうです。
この日が、1999年 平成11年までは「体育の日」で祝日であったことは皆さん知らないでしょう。
現在の体育の日は3連休をとりやすくする制度:ハッピーマンデー制度 によって  2000年(皆さんが生まれた年あたり)から 10月第二月曜に変更されました。
1964年の10月10日はアジアでは初のオリンピック。東京オリンピック開会式の日でした。これを記念として「国民がスポーツに親しみ、健康な心身を培う日」として、体や健康のことについて考えたり人と関わることの大切さを伝える日としました。 体のことだけでなく、人と関わることにより心を成長させることに意味がある。 そう伝えられてきました。
2020年、2回目の東京オリンピック開会式は7月24日。政府はこの日を「スポーツの日」とする案を国会で可決・成立させています。そして、それ以降は、これまでの体育の日を「スポーツの日」と改名して、時代に合わせて新たな意義を国民に伝えていくようです。
さて、今年、9月28日 政府が「地域未来投資促進法」を閣議で決定したことがマスコミで取り上げられていました。これにより、AI『人工知能』や・IOTと呼ばれる『あらゆるものがネットにつながる技術』を開発する企業への投資が国の後押しにより始まります。国の補助金が出ることで、企業が進める開発は一気に進み、職場だけではなく家庭でも人工知能やあらゆる家電がネットにつながり、便利な生活が急速に身近なものになるでしょう。ここ数年で、更に私たちの生活の中が変わっていくようです。
生活することが「生きること」であった終戦後からおよそ、10月10日の体育の日まで。 それから、体育の日が第二月曜となり、2020の東京オリンピック以降は「体育の日」が「スポーツの日」と改名されます。これからの私たちの日常生活は、「生きること」ではなく、 AIとITOにより、便利で簡単な生活環境となります。心や体は重要視されなくても生活ができる。「生きること」ができる。そうなれば、私たちが自分の心と体を意識して、「生きること」はとても難しくなるのではないでしょうか。
これからの時代を「生きる人間」として、あなたは何を大切にしますか。
考えてみてください。

 

 

皆さん、おはようございます。

 2週続きの台風や2学期の中間考査を終え、気がつくと10月に入っていました。
日が暮れるのが早くなったり、窓から入ってくる風が少しひんやりと感じる季節になりましたね。
 平成30年度も半分が終わり、下半期に入りましたが、皆さんはいかがお過ごしですか?

 今年で第37回目を迎える「聖和 音楽のつどい」がいよいよ近づいてきました!
 今回のプログラムは(例年のプログラム以外に・・・)・・・ゲスト出演として‘江迎少年少女合唱団’の演奏や競技エアロビック、そして今年久々に結成されたシンガーズの新旧メンバーによる演奏などがあります。

 さて、今年の全校合唱で披露する曲についてですが、「セカオワ」のファンの人は涙を流して喜ばれたことでしょう!2018年、平昌(ぴょんちゃん)オリンピック・パラリンピックのテーマソングとなった「SEKAI NO OWARI」が歌う【サザンカ】です。
   ~夢を追う君へ 思い出して つまずいたなら
   いつだって物語の主人公は笑われる方だ  人を笑う方じゃないと僕は思うんだよ~
 失敗をしてもまた立ち上がり続ける限り、道は拓けてくるのだと頑張ってる「君」に向けた応援ソングとして作られています。
 では、「サザンカ」という歌詞はどこからきたのか?という疑問を抱きました。
 歌詞の中には一度も出てきません。
 その答えは・・・花言葉の意味にあるようです。

 サザンカの花言葉は、「困難に打ち勝つ」や「ひたむきさ」という意味があります。
 冬の寒さにしおれず、気高く咲いていくサザンカの姿は、今を戦っている受験生の3年生に重なりますし、部活や習い事または悩みなどに向き合ってがんばっている皆さんにも通じることだと感じました。

 音楽のつどいは、ステージを「見る」楽しみもありますが、全校合唱ではぜひ!会場の皆さんや家族、そして先輩や後輩、また共に歌う仲間や自分自身に向けてエールを送ってほしいと思います。「主人公」となった皆さんの手で、このつどいを盛り上げていきましょう!
 今朝はこれで終わります。

 

 

おはようございます。体育祭お疲れさまでした。堂々とした行進、とにかく前に進もうとする必死さが見られた50メートル走やチームでとにかく声かけあってゴールに突き進む4WD、真剣なまなざしで取り組む集団行動、ブロックごとに夏休みから時間を見つけて練習練習の応援競技、さわやかな笑顔でゴールを迎えたリレーなど、どの競技も目を離すことのできないほど感動の体育祭でした。素晴らしい体育祭を見せてくれてありがとうございました。

 さて、話は変わりますが、9月11日といえば11年前、アメリカ内で乗っ取られた旅行機4機によって経済や政治の中枢部が狙われた大規模テロが起きました。犠牲者は日本人24人を含む2977人。私は新聞で、テロ撲滅を掲げ2003年に攻撃を開始したイラクに派遣されたマーフィーさんについての記事を読みました。そこには次のようなことが書かれていました。

彼の任務は戦争の記録と報告。当時はアメリカ側の攻撃よりもイラク内の部族間の対立による死者が増えていて、数えきれない死体を見た。「路上には虐殺された子どもの遺体が転がり、調査中の遺体にたかるハエが顔にとまった。臭いも、、、。」来る日も来る日も死と接した20歳の心は折れた。

この記事の最後に、このような悲惨な出来事は起きた時には話題になるが、だんだんとみんなの記憶から薄れていく。と書かれていました。私たちができる身近なこととして、心を込めてお祈りすることが私たちにできることではないでしょうか。ぜひ今日のお祈りの中で9.11のテロや戦争で失われた命に対して心からお祈りしてみてはどうでしょうか。

 

おはようございます。
2学期から掃除の祈りが、はじめを「主の祈り」、おわりを「アヴェ・マリアの祈り」に変更しましたが、皆さんは唱えられているでしょうか?

祈りとは何か?と聞かれたら、それは神様とのコミュニケーションであると教わりました。だから、宗教の授業の時にも同じように皆さんに伝え、「大きな声で唱えることと怒鳴ることは違う」というのを教えてきたつもりです。

 さて、今年度、日本は多くの災害に見舞われています。西日本豪雨や例年よりも多い台風、それによる二次被害、先日の北海道胆振東部地震など、国内では被害にあわれた方々が、当たり前のように迎えていた朝を迎えられずに過ごしています。私たちが今できること、それはささやかなことかもしれませんが、祈る時間を大切にすることだと思います。 掃除の初めに祈る「主の祈り」は、今日一日を過ごすことができた感謝を、終わりに祈る「アヴェ・マリアの祈り」は、明日もまた家族や友人たちと今日よりも良い一日をすごすことができるように。そして、少しでもいいのでニュースや新聞で目にする被災地のことや世界で苦しむ人々のことを祈りましょう。

 最後に、「朝の祈り」を行い、終わりたいと思います。

 新しい朝を迎えさせてくださった神さま、 きょう一日わたしたちを照らし、導いてください。 いつも ほがらかに、すこやかに 過ごせますように。 物事がうまくいかないときでも ほほえみを忘れず、 いつも 物事の明るい面を見、最悪のときにも、 感謝すべきものがあることを、悟らせてください。 自分のしたいことばかりではなく、 あなたの望まれることを行い、 まわりの人たちのことを考えて生きる喜びを 見いださせてください。 アーメン
 担当は、宗教科でした。今朝はこれで終わります。

 

日本にとって大事なサッカーワールドカップの初戦が、約12時間後に迫っていますね。実際に自分で経験してみて、けた違いのスタミナが必要だと思った競技の1つ、それがサッカーです。ワールドカップで、私が真っ先に思い浮かべるのは、98年、2002年、2006年と三大会連続で活躍した中田英寿、愛称はヒデ、というアスリートです。彼に対する世間の評価は現在でも様々ですが、私が心から尊敬するのは、彼の驚くべきスタミナと、試合中は常に背筋を伸ばし、美しく逞しく走り続け、激しいボディコンタクトを受けても滅多に倒れずに、ボールを失わない姿と精神力でした。テレビ中継で遠くから見ていても、どんなに広いピッチにいても、多くの選手に埋もれていても、すぐに「あッ!あそこに、ヒデがいるぞ」とすぐに分かるほどの逞しさと美しさに、今でも憧れを抱いています。聖和で仕事をしていて、市中体や高総体、授業や掃除時間、部活動、学校行事など、365日、私は第2、第3のヒデと出会える瞬間を、実は、密かに楽しみにしてきました。成功しても失敗しても背筋をスっと伸ばし、次の演技に向かうため、美しく歩いていた体操選手のあなた、綺麗なワンストップ挨拶をしてくれたあなた、黙々と一定のリズムで箒を動かしていたあなた、眠気と戦いながら必死に授業を受けているあなた、講堂での学年集会で、敢えて背もたれに寄りかからずジッと人の話に耳を傾けていたあなた。これまでも、また今年に入ってからも素晴らしい生徒と出会うことができました。経験上、こういう生徒は部活動でも良い結果を残し、進学でもほぼ目標に近い合格を手にしています。その事実が本当に喜ばしい。

当時の、そして現在も含めた日本サッカーのレベルにおいて、間違いなくヒデのメンタルやテクニックは頭2つも3つも抜けている存在でした。したがって、彼が監督やチームメイト、日本のメディアに対して行なった発言や要求が、時に理解されなかったり、存在自体が浮いてしまったりすることもありました。それでも、彼は出場したゲームでは誰よりも長く走り、誰よりも大きな声を出し、誰よりも身体をはってサッカーの奥深さを伝えてくれました。さて、何をするにも、始めるにも、上達するにも、先ず必要とされるのは正しいフォーム、その時々の、いわゆるTPOで求められ理想とされている、正しい『型』を身につけることでしょう。正しい『型』を継続し、維持するためには、体力と精神力も必要ですよね。きついと思います。しかし、それを乗り越え、習慣となって自然と『型』を示している時、あなたは周りを感動させているでしょうし、誇りと自信を手に入れているのではないでしょうか。正しい『型』や、とるべき態度は、自分で一生懸命考えて身につけることもできます。また、部活動顧問の先生方、授業を担当する先生方、時には先輩、保護者や地域の大人たちが必死に、厳しく伝えてくれているでしょう。『No Beauty , No Life』。ぜひ、あなたは美しい聖和生になってください。

おはようございます。
 突然ですが、僕には弓道の師匠がいます。
習っている先生を師匠と呼んでいるわけではなく、本当に師匠なのです。
 この時代に師匠や弟子なんてものが本当にあるのかといわれそうですが、弓道の世界にはまだそういったものが残っているのです。
 流派を引き継ぐときには、儀式と巻物によって免許皆伝を行います。

 今日はそんな僕の師匠が教えてくれたことで、僕の心に残った言葉をみなさんにお話ししたいと思います。
 弓道は的まで28メートル。的の直系が36センチ。矢を飛ばす手が3ミリずれると矢は的に飛びません。実はなかなかシビアな競技なのです。 試合で緊張したとき、調子が悪いとき、いつも僕の師匠が言うのが、
「的は絶対に動かない。動いているのはいつも君の心のほうだ」という言葉。
「なんでも一緒。目標とするもの、やるべきことはいつだって動かない。動いているのは、自分の心なんだよね。自分の心が動けば矢は的に中たらない。目標に届かないんだよね」と。

 さて、明日(5/16)から中間試験です。心を前に向けて、さぼってしまおうとする自分の心を律して試験に臨みましょう。

おはようございます。平成30年度 先生方による朝のお話のスタートです。
トップバッターは中学1年副担任、家庭科のK.Sです。今年度で聖和に勤務して38年目になります。
この朝のお話は、私の記憶は定かではありませんが、勤務した当初からあったと思います。当時は先生一人で1週間ずつ担当し、火曜日から金曜日まで4つの話を準備しなければなりませんでした。常に話のネタを探していました。シリーズ形式にしたり、クイズ形式にしたり、童謡を1曲ずつ流された先生もいらっしゃいました。
 現在は1年間に1、2度担当と大変楽になりましたが、皆さんのためになる話をと思うとプレッシャーがかかります。しかも今は聖和のホームページの「心のとびら」として掲載されます。これまた、文字になって残るとなるといろいろ内容に悩むところなのです。
また、この放送室で話すのは、何度経験しても慣れず、緊張してドキドキするは、息ができなくなって苦しくなるは、で大変なのです。
 さて、前置きが長くなりました。
今朝は30年くらい前の朝の話で、私がずっと言い続けてきたことです。
それは、「自分の誕生日を親への感謝の日」として過ごすということです。
ある雑誌で見た記事なのですが、誕生日を祝ってもらうのではなく、逆に自分を生み育ててもらったというお礼の日として、父母や家族に感謝の気持ちを送るという過ごし方です。
素晴らしい考え方だと感心し、ずっと生徒のみなさんに伝えてきました。
簡単そうで実はなかなか難しいものです。
 もちろん、誕生日だけではありませんね!早速、次の日曜日は5月の第2日曜日は「母の日」、6月の第3日曜日は「父の日」です。感謝を伝えるチャンスはたくさんあります。ぜひ作戦を立てて実行して欲しいと思います。

 私事ですが、来週、私の初めての陣痛記念日がやってきます。初めてのお産は不安と緊張でいっぱいでした。もちろん苦しかったです。夜中の1時に陣痛が始まり、夜の9時半ごろにやっと長男は生まれてきました。忘れられない出来事でした。
 さて果たして息子は感謝の日として過ごしてくれるのでしょうか?
我が子はなかなか思いどうりになりません。
今朝はこれで終わります。

 

おはようございます。今日は少し教会について触れたいと思います。

 先週、高校一年生は国の重要文化財に指定されている平戸市にある田平天主堂へ行き、黙想会を行いました。聖堂内にあるステンドグラスは息をのむほど美しいものでした。実は、私がとても好きな教会でしたので、訪問できることになって内心ワクワクしていました。高校一年生のみなさんは聖堂を見てどう感じたでしょうか。

 私は生まれた時に洗礼を受け、カトリック信者となりました。私のふるさとの家の近くには小さな教会があり、毎日母親に5時半に起こされ、6時から教会に行き、学校へ登校する生活をしていました。あの時は、雨の日も風の日も辛いなあと思う日もありました。どうして母親があんなに熱心に私を教会に行かせたのかは聞いたことはありませんが、大人になってなんとなくわかるような気がします。中学生になってからは教会でオルガンを弾くようになり、クリスマスや結婚式前には聖歌隊と何度も練習をしました。
  大人になり、なかなか教会に行く機会が減ってしまいましたが、聖和では教会にたずさわる機会があります。この貴重な機会を大切にしていきたいと思います。みなさんももうすぐ行われる卒業式などの行事や学院ミサ、お祈りの時間や掃除の時間など他の学校では触れることができないこれらの貴重な経験を一つ一つ大切に取り組んでみてはいかがでしょうか。