心のとびら

先生から伝えたい言葉

生徒の皆さんの心に留めておいて欲しいことを先生が交代で話をします。

おはようございます。

皆さんに2つ、質問です
最近、「幸せ~」と感じたことはありますか?
おいしいものをほおばったとき、一日がんばって、へとへとの体であったかいおふろに浸かったとき、大好きな推しのことを考えているとき…
いろいろな場面で、私たちはうれしくなったり、幸せ~と感じたりすることがあるのではないかと思います。

 

それでは次の質問です。
その「幸せ~」という感じは、どのくらい長く続きましたか?
一週間?1日?1時間?
その瞬間はものすごく幸せだと感じても、しばらくすると、少しずつその気持ちがしぼんでいってしまった、という経験はないでしょうか。
大学でお世話になった先生が教えてくれたことがあります。どんなことでも、より良いものというのは永続性がある、つまり、より永く続く特徴がある、ということです。
幸せということについても、永く続けば続くほど、それは良い幸せということになります。
それでは、どうしたら永く続かせることができるのでしょうか?
それは、感謝することです。
ただその瞬間、「幸せ~」と感じているだけでは、それはやがて過ぎ去っていってしまいます。
幸せを、当たり前のもののように感じていると、そのことを振り返った時、あの幸せをもう一度!とよくばりたい気持ちになります。そのときの幸せでは、いまの自分を満足させることができないからです。
そうなる前に、良かったな、ありがたいな、と認めることで、自分のなかにとどめることができます。
その感謝が深ければ深いほど、その幸せは永く続きます。
そして自分の心をみずから満たすことができ、思い返すたびにあたたかい気持ちになることができます。
これから感じる「幸せ~」を、感謝の気持ちで、ぜひ長持ちさせてみてほしいと思います。

 

Good morning everyone.  

 

今日はアヴェマリアの祈りを英語で捧げたいと思います。 

アヴェマリアはもともとラテン語で、英語に直すとHail Maryになります。 

では、わたしのあとに真似して、英語を言ってみてください。 

 

Hail Mary, full of grace.  

The Lord is with thee.  

Blessed art thou amongst women,  

and blessed is the fruit of thy womb, Jesus.  

Holy Mary, Mother of God,  

pray for us sinners,  

now and at the hour of our death,  

Amen. 

 

アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、 
主はあなたとともにおられます。 
あなたは女のうちで祝福され、 
ご胎内の御子イエスも祝福されています。 
神の母聖マリア、 
わたしたち罪びとのために、 
今も、死を迎える時も、お祈りください。 アーメン。 

幸運は準備された者のところに舞い降りる。
これは私が小学4年生の時になんとなく手に取った本に書かれていた言葉ですが、私はこの言葉が人生の軸となっています。

 私は大学生の時、競技チアリーディングという部活をしていました。皆さんは知ってますか?競技チアリーディングとは、複数の人と協力して技をする競技ですが、同時に大きな危険も伴います。実際に、大会前にとても大きなけがをした経験があります。大事な大事な試合を控えた時です。これまでにないくらいとても悔しい思いをしました。しかしながら、時間がたって考えてみると、「私は十分な準備ができていたのだろうか?」と思うのです。けがをするということは、チームで息が合っていなかったということになります。コミュニケーションはうまく取れていたのか、十分な練習をしたのか、体のケアできていたのか。準備不足といえる点がたくさんありました。
 「運」とは、調べてみると、意思や努力ではどうしようもないめぐり合わせであると出てきます。しかし、私は「幸運」とは、やはり十分な準備をした者のころにしかやってこないのだと思います。
 大会でよいパフォーマンスをするには、練習に加えて、練習以外の時間も結果を残すために行動することが必要です。しかし、必ずしも練習と同じ場所で、同じ時間帯で本番を迎えられるとは限りませんね。練習やこれまでの行動で十分な準備ができた者だけに、異なる環境でも「自分にとって満足のいくパフォーマンスができる」という幸運が降りかかるのではないでしょうか。
  悔しい思いをした3年後、たくさん準備をして、再び挑んだ大会は、結果は全国大会5位という悔しい結果でしたが、十分な準備をしてきたために「自分にとって十分なパフォーマンスができた」と自信をもって言えますし、後悔がない結果を得ることができたと言えます。

 もちろんこれは、スポーツに限る話ではありません。
みなさん、もうすぐ1学期間のビックイベントの期末試験がありますね。
「幸運は準備された者のところに舞い降りる」
皆さんは期末試験に向けてどのような準備をしていますか?

今朝の話はこれで終わります。

みなさんおはようございます。
 中学部担任のNです。
私は高校インターアクト部の顧問をしていますが、私も高校生の時はたくさんのボランティアに参加をしていました。多くの人のために、という気持ちで色々な場所に行き活動をしていましたが、必ず次の言葉を心にとめていました。

「 If you want to change the world, go home and love your family. 」

「世界を変えるには、まず家に帰って家族を愛しなさい」というマザーテレサの言葉です。
彼女はカトリックの修道女として、世界中の人々のために活動をしていました。そんなマザーテレサでも、「身の回りにいる人から助けなさい」、とアドバイスをされていたそうです。
マザーテレサの「近くの人から」という考え方は、聖和の隣人愛に通づるものがあります。

 社会のために、世界のためにと動くことができる聖和の皆さんですが、
今日はぜひ、隣の人、地域の人、そして家族のために何かひとつ行動してみてください。

 素敵な一日になることを願い、今朝はこれで終わります。

2022/09/28
M.I

おはようございます。

体育祭が終わり、早くも来週は中間考査が始まります。

また、高3は進路決定の受験が始まっている人、これからの人も、頑張ってください。応援しています。

ところで、みなさんは、心配なことや 悩んでいることは ありませんか?

少しの心配や悩みは、誰にでもあることだからと思っていませんか?

その少しが、少しずつたまり積もって、眠れなかったり食事が入らなかったり、していませんか?

家族や友人・先生に、話を聞いてもらったり 相談していますか?

誰にも言えないで、困っている人は、いませんか?

誰かに話すだけで、安心したり、すっきりする こともあります。

誰かに話すだけで、悩みを整理でき、客観的にみることができるかもしれません。

4月の保健だよりでも紹介しましたが

本校には、週1回 水曜日の午前中 スクールカウンセラーの先生に来ていただいています。

もちろん、話した内容は誰にも知られません。

逆に、伝えてほしい人がいれば、伝えたい内容を伝えることもできます。

聞いてほしい、話してみたいと思う人は、担任の先生または保健室まで申し出てください。

でも言えそうにないと思う人は、来週「悩み調査」があるので、勇気をだして書いてみてください。

今朝はこれで終わります。

2022/09/28
M.O

おはようございます。

今日はお祈りについてお話しようと思います。

皆さんはお祈りのとき、どのように手を合わせていますか?

では、ちょっといつもお祈りするときのように、手を合わせてみてください。

手のひら全体をぴったりくっつけたり

手を組むようにしたり

さまざまな手の合わせ方があると思います。 

私が子供のころ、お祈りのとき、まるで蚊をたたくようにちからいっぱい手を合わせたことがあります。

それをご覧になったシスターが、こう話してくださいました。 

「手を合わせるとき、そのなかには、私たちのために祈ってくださる神様がいらっしゃいます。そんな神様をやさしく包み込むように、そっと手を合わせましょう。」

それを聞いて、私は神様をつぶしてしまったのかと焦ったのを覚えています。

しかしいま考えると、シスターは、誰かを思いやるやさしい心でお祈りに臨んでほしいと考え、そのようにおっしゃったのだと思います。

なぜ人は、祈るとき手を合わせるのでしょうか。

手を合わせて祈る姿は、世界中いたるところで見られます。

その理由については、国や宗教、人によって様々な説明がなされていて、どれも興味深いのですが、 

大切なことは、祈るときの心のあり方ではないかと思います。 

皆さんは何のために祈るでしょうか。

何を思い手を合わせるでしょうか。

これからお祈りのときには、ぜひ自分の心に意識を向けてみてほしいと思います。 

さきほどのシスターがおっしゃるには、皆さんのように若い人の祈りはとても効き目が強いのだそうです。

その祈りが、自分のためだけでなく、ほかの誰かのために向けられたなら、

さらに価値ある祈りとなるのではないでしょうか。

それでは、今日も皆さんにとって、良い1日となりますように。

今朝はこれで終わります。

おはようございます。

高校2A担任、数学科のYです。

 

 先日、小学3年生になる息子が「お母さん、今日ね、学校で先生と面談したよ」と話をしてくれました。勉強のこと、学校生活のこと、お友達のことなどたくさん尋ねられたそうですが、「おうちのことでもいいよと言われたから、いつもお父さんとお母さんの帰りが遅くて学童で宿題をしながら妹と2人で待ってるって話をしたよ」と言っていました。

 私が子どもたちを迎えに行けるのは、いつも19時ぎりぎり。お迎えに行ったとき最後まで残っているのはほとんどいつも我が家の二人の子どもたちです。よくよく考えてみると、私が子どもと触れ合えるのは、朝起きてからの1時間と、夜家に帰って子どもたちが眠りにつくまでの3時間、1日に合わせてたったの4時間しかないんだなということに改めて気付かされました。

 

 そんな矢先、インターネットで「わが子と過ごせる時間は驚くほど短い!」というタイトルの記事を目にしました。その記事によると、一生のうちでわが子と過ごせる時間は、平均して父親で3年4ヵ月、母親で7年6ヵ月だそうです。わが子と過ごせる時間の全体を100%とすると、小学校卒業時には55%、高校卒業で親元を離れるときには、73%もの時間が過ぎてしまうということでした。

 では逆に、この先、自分の親と過ごせる時間はどれくらいあるのか考えてみましょう。

高校を卒業して進学や就職で親元を離れて暮らす場合、子どもが1年間に親と会うのは、平均するとお盆に3日間お正月に3日間の計6日間、その中でも顔を合わせているのはせいぜい4時間程度だそうで、合計すると24時間。つまり1年のうち1日しか過ごせていないことになり、あとどのくらい親と過ごせるのかは、親が生きている年数がそのまま日にちになるのだそうです。

 この、親子で過ごせる時間の計算式からわかることは、自分の親と直接話すことができるのはそんなに長い時間ではないということ、それと同時に親が子どもに愛情を伝えられる時間も限られているということです。私の場合、一日にたった4時間しかないと嘆くより、与えられた4時間をどう大切に過ごすか、子どもたちと向き合う姿勢を考えさせられるきっかけになりました。

今日は親子の関係に焦点をあてて話をしましたが、友人関係についても同じことが言えます。今は毎日顔を合わせるクラスメイトとの時間も限られた時間です。

 ぜひ、大切な人と過ごす時間の過ごし方を考え直してみてください。

 今朝はこれで終わります。

 おはようございます。今日の担当は、高校1年Dクラス副担任のYです。

今日は四字熟語の話をしたいと思います。

 みなさんは「鼓腹撃壌」という言葉を知っていますか?

音の響きだけ聞くと、なんだか難しくて怖いイメージですね。

しかし実際は、「みんなが平和に暮らせる世の中」という意味です。

なぜでしょうか?

 「鼓腹撃壌」は、太鼓のコに、お腹のナカ、撃退のゲキに地面を表す壌という

漢字でできています。

 お腹を太鼓のようにポンポコ叩き、地面を足で叩きながら躍る人のことを表します。

そこから、世の中が楽しくて思わず踊ってしまうくらい平和だ、という意味になった

そうです。

 みなさんも、楽しいことや嬉しいことがあった時、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、

踊ったりすることはありませんか?なんとこの言葉、千年以上も前に作られたそうです。

昔も今も人の心は変わらないものですね。

 すべての言葉にはなりたちがあり、それは遠い昔に生きていた人々の、日常のささいな

出来事が元になっています。知らない言葉に出会ったときは、なぜその言葉が作られたのか

調べてみると、新しい発見があっておもしろいと思います。また、みなさんも身の回りの

できごとを四字熟語で表してみてはどうでしょうか?

 もしかしたらあなたの創った四字熟語が、千年後の未来に残っているかもしれません。

 これで朝の話を終わります。

2014年、春高バレーの全国大会。決勝は大分県代表の東九州龍谷高校 VS 長崎県代表の九州文化学園高校。激戦の中、優勝を手にしたのは、長崎県代表の九州文化学園でした。

 

テレビでこの試合を観ていた当時小学校4年生の女の子は高校生の輝くプレーに魅了され、「私もあの舞台に立ちたいと思うようになりました。両親のすすめもあり、やる気満々です。彼女はこう言いました。「九文を倒して、全国に行きたい。だから長崎県で2番目の聖和女子学院に進学したい。

 

先日、春高長崎県予選が行われ、聖和が2年連続の優勝を手にしました。7年前にテレビを見て「九文を倒したい!」とやる気に燃えていた女の子は、過去の宣言通り、この聖和に進学しました。そして、先月の大会で見事な活躍を見せ、7年越しの大きな目標を叶えたのです。まさに有言実行です。彼女の喜びはどれほど大きかったことでしょうか。

 

優勝を手にした聖和ですが、ここまでの道のりは決して簡単なものではなかったと思います。どんなに練習しても上手くいかず悩んだこと、「もうバレーを辞めたい」と涙ながらに苦しんだこと、仲間同士で数えきれないくらいケンカもしてきました。

だからこそ、彼女たちの苦労や涙が報われた今回の優勝はとても大きな意味があり、心から嬉しく思います。決勝戦だけでなく、これまでの練習や試合など、全ての経験と1、2、3年生、マネージャー、部員全員の頑張りがあってこその結果だと思います。1月に春高全国大会が行われます。全校生徒の皆さん、応援よろしくお願いします!

 

目標を持ち続けることは大変なことです。しかし、その目標により、人は前向きに物事に取り組んでいけるのだと思います。目標は必ず達成される、とは限らないけれど、努力を重ねる経験をすることに意味があるのだと私は信じています。いつも元気いっぱいの聖和の生徒の皆さん、何事にも自分なりのゴールを設定し、そこに向かって走り出してほしいと思います。

 

中学3年生、高校3年生は受験という勝負が残っていますね。持ち続けてきた目標、力を合わせて達成させましょう!

おはようございます。 

 

10月1日から全国の緊急事態宣言が解除されます。 

去年の今頃は、まだまだ前に進めず、やむを得ず中止、諦めることが多かったと思います。 

コーラス部はコンクールもすべて中止、3年生と演奏する場はなく、演奏できたのは校内のクリスマス会、予餞会だけでした。でも今年は、音楽会もコンクールも開催され、できる限りやる方向でとみんなの気持ちが前に向いていると感じます。 

 

先日行われた学院祭でも、文化部の発表、有志のみなさんのステージを近くで見ていて、楽しそうに生き生きしている姿に感動し、またクラスで作成した映像は、みなさんの今の楽しいがいっぱい詰まった笑顔溢れる動画ばかりで、心が厚くなりました。 

 

そして10月には「聖和音楽のつどい」も行われます。 

みなさんの声がアルカスに響きあうことを今から楽しみにしています。 

 

最近、心が動いた曲がありました。 

コロナ禍に書かれた ラッドウィンプスさんの 「ココロノナカ」という曲です。 

 

なんでもない日々が、なんの気なく過ぎる 

 なんてことない僕が あくせくと生きてく 

 

 あの日が来るまでは その時が来るまで 

 楽しみを何百個と 書きためておくとしよう 

 

 それをパンパンに詰めて 抱きしめてよう” 

 

この曲を聴いてから、私もやりたいこと、叶えたいことを書いています。不思議と書き出すだけでワクワクし今を頑張ろうと思います。 

 

まだまだマスク生活は続き、慎重に過ごさないといけません。みなさんの今を大切にやりたいこと、叶えたいことを書いてみませんか。何気ない毎日がちょっと変わるかもしれません。 

 

担当は、高校音楽科、2A副担任のTでした。
今朝の話はこれで終わります。