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 本校恒例のクリスマス会が12月21日(金)に行われました。その様子をご紹介します。

 まず、お祈りから始まります。第一部は「みことばの式」です。谷脇神父様より、クリスマスの意味とイエス誕生の喜びの意味を祈りとお話で生徒たちに伝えられます。
 そして共同祈願と奉納が行われます。生徒たちは午後から、これも恒例の行事である「社会福祉活動の日」にちなんで施設や周辺地域の清掃活動に参加します。自分たちの行いが、周りの人々への笑顔のプレゼントになるように、ともお祈りいたします。奉納は福祉活動に使うクリスマスカードや鉢植えなどでした。

 聖書朗読が終わると、引き続き中学2年生による伝統の「聖劇」が披露されます。先日、中学クリスマス会でお披露目が行われました。上演はこれで二回目となります。ほぼ四ヶ月の間、シナリオ作成から演技にいたるまで自分たちで作り上げた劇です。笑いあり感動ありで、高校生からも拍手喝采でした。

 聖劇の後、神父様からの祝福をいただいて「第一部」は終了します。
続けて「第二部」は、これも本校恒例の高校コーラス部による「ミニクリスマスコンサート」です。
 ①あわてん坊のサンタクロース
 ②White Christmas
 ③We wish a Merry Christmas
以上3曲が披露されました。美しく温かい歌声のプレゼント。ありがとうございました。

 最後にサンタクロースさんからのクリスマスプレゼントが生徒代表に渡されました。中身は秘密ですが、それよりもサンタさんの「中身」は誰だったんでしょうか?生徒たちはそちらの方が気になるようでした。

 今年も無事、クリスマス会を迎えることができました。皆さんにとっても良いクリスマスとなりますよう聖和一同神様にお祈りいたしております。

ミサトップ画面2

 本日(5/25)、講堂にて5月の学院ミサを行いました。
本校では月に1回「学院ミサ」を実施しており、今回は「市中体・高体連・各種大会に向けて」という意向でお祈りをお捧げしました。司式をカトリック大野教会の中野神父様にお願いしました。
中学生や高校生が日頃培った精神力・体力を競技の場でしっかりと発揮することができるよう、神様にお恵みをお願いしました。なお、祭壇の前に置かれているボールやラケットは、日頃の生徒たちの練習の全てを象徴としてあらわし、それを神様にお捧げる、という意味があります。
生徒たちが、悔いなく競技を終えることができるよう、祈りつづけます。

 

「みなさん、頑張りましょう!」

説教生徒姿

 

2016/12/21
宗教部

img_4001 本日(12/21)、伝統のクリスマス会が開催されました。俵町教会の谷脇神父様の司式のもと、まずは「みことばの式」の中で聖書の「イエスの誕生」が朗読され、中学2年生によるこれも伝統の聖劇が行われました。

 img_4003 続いて神父様のお話の後、クリスマス会第二部の「ミニクリスマスコンサート」が開催されました。今年は英語科の一年生田端さんのピアノ。そして国公立コース一年生の靏野さんのフルートによるクリスマスソングの演奏に生徒全員が魅了されました。 img_4004 そして最後を締めくくるのは、サンタクロースから生徒へクリスマスプレゼントです。校○先生扮するサンタさんが、中高生徒たちにクリスマスのご絵(聖家族の絵のカード)とおいしそうなトラピストガレットを配ってくださいました。静かなクリスマス会が一瞬で生徒たちのうれしい悲鳴で埋め尽くされたのは言うまでもありません。 img_4009 本当に楽しいクリスマス会でした。生徒の皆さん、この幸せを少しでも午後の社会福祉活動を通して周りの人たちに分け与えてください。 メリークリスマス!

2016/08/12
宗教部

 8月9日から10日まで、恒例の巡礼旅行を実施しました。昨年は上五島でしたが、今年は長崎・外海方面の巡礼旅行となりました。ちょうど長崎の教会が再びユネスコの世界遺産に推薦されますので、ある意味グッドタイミングでした。

初日の9日は長崎原爆の記念日となっております。午前中学校で追悼式に参加した私たちは、午後六時から浦上教会で行われた平和祈念ミサに与り、原爆で亡くなった方々の冥福を共に祈りました。また、このミサには数カ国の大使夫妻も参列しておられ、「世界が浦上で祈る」という雰囲気があったのも印象的でした。

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 翌10日は、長崎市内巡礼です。最初は浦上教会の下にある、旧浦上天主堂の鐘楼を見学しました。「浦上四番崩れ」に代表されるように、多くの浦上のキリシタンが信仰を守り、守り続けた信仰が形となった教会が、戦争という迫害で崩された姿は印象的でした。二度とこのような悲しみが繰り返されることがないように皆で祈りました。

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 次は西坂の丘(26聖人殉教者)に向かいました。ちょうどこの前NHKの「真田丸」で「サン・フェリペ号事件」が出ていました。少年から大人に至るまで、26人が信仰を守り命を落としました。歴史の流れから始まり、説明は大浦天主堂につなげていきます。

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 大浦天主堂で祈りを捧げたあと、その一つ下の記念碑で説明を聞きました。ちょうど韓国からの巡礼の方々が説明に聞き入っていたところで、私たちはその後ろから話を聞いています。信徒発見、プチジャン神父様と信徒との出会いの物語です。世界の誰が指導者(司祭)もなく、信仰を200年以上守り続けることができるなどと思っていたでしょうか。奇跡の瞬間でした。なお、大浦天主堂は正式には「日本二十六聖殉教者天主堂」という名前があり、26聖人殉教者に捧げられた教会です。

 しかし、とにかく暑い。生徒も汗びっしょりです。ある意味、本当の「巡礼」です。

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 このあと、聖母の騎士修道院を訪問し、戦前長崎に宣教に来られた聖コルベ神父様の足跡をたどりました。最後はアウシュビッツ強制収容所で身代わりとなられた神父様の強い信仰を学びました。そして食事のあと、外海の「遠藤周作文学館」に向かいました。これまで信仰のために命を捨てた「強い信仰」を目の当たりにした私たちですが、この文学館に展示してある「沈黙」という書物は、ロドリゴとキチジローからまた違う弱い者の「神への信仰」を考えさせられました。生徒たちにも是非、「沈黙」を読んでもらいたいと思います。ということで、今回も無事巡礼旅行を終えることができました。ありがとうございました。

 ○最後に

 この巡礼旅行を支えたくださったカトリックセンターの方々。また予約なしに来た私たち巡礼団を快く迎えてくださった出津教会の教会守の方。本当にありがとうございました。神様と支えてくださったすべての人々に感謝を込めて。

去る2月14・15日、本年度も巡礼を実施いたしました。例年8月9日の登校日に合わせて行われているものですが、台風の影響で順延となっていました。厳寒も予想されていた中、中学生5名、高校生2名、引率3名、スクールバスドライバー1名の計11名は、時折暖かな陽射しに恵まれながらの巡礼となりました。以下、一泊二日の行程と併せ紹介いたします。
☆初日★
カブト虫公園でガイドを務めてくださる藤村様と合流した私たちが先ず訪れたのは『田平天主堂』です。明治初期、長きに亘った重苦しい禁教は解けたものの、時に非信者との軋轢も生じ肩身の狭い思いを続けていった信者たち。ド・ロ神父の私費によって荒れ地が購入されたこの一帯も、外海や黒島から移住してきた信者による懸命な開墾の努力によって地歩を固めていきました。仮聖堂が建てられしばらく経った1915(大正7)年に鉄川与助の設計によって現在の天主堂が施工されました。決して余裕があるとは限らない信者たちは、苦しいなかでも寄付を惜しみませんでした。煉瓦の接着には地元で採れた貝殻を焼いて水溶したものを漆喰として利用するなど、飽くなき熱意と工夫が結集した建設となりました。堂内ステンドグラスの細工は全国でも指折りの繊細さと写実性が凝縮され、観るものを飽きさせません。
次に向かったのは『焼罪殉教地』です。徳川秀忠の将軍時代、潜伏しながらの必死な布教活動・救済事業を行なっていたイタリア人宣教師カミロ・コンスタンツォ神父が五島で捕えられ、火刑に処せられた地です。実際の処刑場からは少し離れた場所に記念碑が建てられていますが、おどろおどろしい赤銅色の炎に包まれるモニュメントと青空の対称が際立ち、胸を締め付けられます。その後、『松浦資料館』・『平戸オランダ資料館』を見学した私たちは、戦国時代から明治維新まで転封を経験することなく平戸を統治し続け、天然の良港に恵まれ南蛮貿易の最盛期を担った松浦氏だからこそ連綿と伝わった貴重な文化財を通して、時代の鮮やかな断層を鮮明に見渡すことができました。日本史好きの生徒はもちろん、そうでない生徒もぜひ訪れてほしい一級品が揃った資料館です。

翌日の朝のミサでお世話になる『平戸ザビエル記念聖堂』の下見を終え、野焼きを済ませて間もない『川内峠』に向かいました。恥ずかしながらこの記事を担当している自身にとって、33年間の人生で『峠』と名の付く地に足を踏み入れたのは初めての経験。全国津々浦々、険しい峠は数限りなく存在するのでしょうが、歩めば歩むほどに平戸の絶景を両脇に抱え込めるような快感を覚える越えるに楽しい峠でした。我々職員を先導するかのようにぐんぐん突き進む生徒たちの逞しいことこの上ありませんでした!

『宝亀教会』は立地の特異さで知られる長崎の教会群の中でも秀逸な偉容を誇ることから、静寂に凛として佇む女神の様です。
『紐差教会』は県内2位の規模を誇る白亜の礼拝堂を有し、なおかつ参拝者は正面の階段から直接2階の礼拝堂に入る言われてみれば大変珍しい構造となっています。堂内の見学は15時まで、到着は15時を回ってしまっていたのですが、運よく入堂でき神の思召しに感謝しました。
この日最後を締めくくったのは『平戸市切支丹資料館』です。根獅子(ねしこ)ヶ浜の脇に建つ資料館。かつて根獅子周辺では入信者の数も多く、それはつまり激烈な弾圧の度合いと殉教者の数にも正比例してしまいました。それでも屈せず多少異質に、土着信仰の様相も呈すようになった独自の信仰形態は執拗な監視を何とかすり抜け今日に至りました。その確固たる歴史を次世代につなぐ役割を担う資料館です。

★二日目(最終日)☆
『民宿はまゆう』で心尽くしの夕食と朝食を頂いた私たちは十分な休息もとり、平戸ザビエル記念聖堂でミサに与りました。
ミサの式次第に戸惑う生徒もいましたが、何事も良き経験となりますように。
最後の巡礼地は生月です。海の幸、山の幸に恵まれたこの一帯も、自然の恩恵を授かってきたという意味では、一転、自然の猛威や気まぐれによって受難を度々被らなければいけない土地でした。常なる平安と希望を失わず生き抜きたい、こうした自然環境も入信者を増やすことになった一因ではないでしょうか。そんな生月の豊かさと、生き抜く力をまざまざと見せつけられる展示品を多く所蔵しているのが『島の館』です。

『暖竹のヤブ』は海岸絶壁に鬱蒼と茂る竹藪に、追われて潜伏していたキリシタンの親子が、ちょっとした子どもの行動によって、海上から監視を続けていた役人に発見され無慈悲にも斬首された場所です。
『黒瀬の辻』は親から子への統治者交代によって禁教政策が苛烈さを増していた平戸・生月で熱心な指導を継続していたガスパル西とその妻子が大松の根元で斬首された場所です。邪宗門と揶揄、危険視、蔑視する負の力、余りにも巨大なうねりが、捨て置いてもひょっとすれば支障はなかったかも知れない無辜の民の命を根こそぎ奪い去る不条理は決して風化しません。ガスパル西とその家族ら殉教者の木製レリーフが祭壇の両側を囲む山田教会の堂内は、夥しい数の蝶の羽で装飾され、参拝者を惹きつけます。
『蝶』が暗示するのは『変貌・変身。あらゆる浮き沈みを経た後の成長。より高度な表現形式への生まれ変わり。新しい自己発見のチャンス。エネルギーの変化。大きな転換。人魂。死霊。祖霊の化身』等々数知れませんが、キリシタンの辿った歴史を知れば知るほど、山田教会で私たちを出迎えてくれた蝶は物悲しくも優しく何事かを囁き訴えかけてくるのです。

本校で勤務を始めた年から、上五島、下五島、外海雲仙、そして本年度の平戸生月を巡った旅は4年目を迎えました。年々、巡礼旅行への参加を希望する生徒は減っていますが、それでも信徒はもちろん、それ以外の生徒も参加する巡礼に、県外出身の信徒として、また職員として携われる幸せを感じます。来年度も場所は未定ですが8月9日に巡礼を予定しております。在校生の皆さん、もうすぐ出会える新入生の皆さん、信徒発見150年の節目を迎える2015年に、聖和ならではの旅に触れてみませんか。お待ちしています(○>V<○)
【文責 高校宗教部顧問】

 巡礼旅行も最終日となりました。今日は雲仙の殉教をテーマに史跡をまわります。この日はさすがに避暑地の雲仙でも、かなり気温が高く、やはり汗だくでの巡礼となりました。

 雲仙の地獄めぐりの中に、当時キリスト教を棄教させるための拷問がここで行われました。雲仙はもともと仏教の修行などを行う場でもあったそうです。ひっそりと片隅に位置していた「キリシタン殉教記念碑」のもとで、私たちは当時の拷問の説明を聞き、殉教者の方々のために祈りを捧げました。

 最後は雲仙教会にて日曜日のミサに与りました。雲仙教会は雲仙地獄で殉教したアントニオ石田に捧げられた教会です。両側にあるステンドグラスにも、その殉教のシンボルが美しく記されてありました。

 

{最後に}
 今年で三回目となる長崎教会群巡礼旅行も無事に終えることができました。長崎県で力を入れている「長崎の教会群を世界遺産へ」という運動は、その建物だけではなく、過酷な歴史の流れの中でも教えを守るためにある者は殉教し、ある者は子子孫孫へとその教えを伝えていったその事実も遺産としようとしているように思います。
 生徒たちにも、この巡礼旅行を通して、現在の長崎の地に住む私達へと受け継がれてきた芳醇な歴史と信仰を感じ取ってくれたと思います。
 この旅行を支えてくださった教会関係者、カトリックセンターのスタッフの方々、雲仙有明ホテルの栗原支配人とスタッフの方々に深く感謝いたします。そして、神に感謝!!

 巡礼旅行二日目(8月10日)の報告です。
私たち巡礼団は、二日目は長崎市内を中心に各所を巡礼していきました。昨日は長崎の原爆投下の記念日で、たくさんの方々が礼拝に来ておられました。今日は少し昨日より静かな教会で、心静かに(とっても暑かったですが・・・)先人の信仰の跡をたどっていきました。

 まずは宿泊した「カトリックセンター」のすぐそばにある、「浦上天主堂(教会)」へと登ります。
豊臣秀吉の時代から始まる、殉教・弾圧の歴史に耐えてきたキリシタンたちが、1914(大正3)年に20年の歳月をかけて築き上げた教会です。残念ながら、アメリカの原子爆弾により倒壊し、8,500人の信徒が爆死したといわれています。
 この日は教会の方が便宜をはかってくださり、レプリカでない被ばくしたマリア様の頭部を拝見させていただきました。同じキリスト教徒が戦争で傷つけあうことほど、悲しいことはありません。しかし、それだけでなく、浦上の信徒の皆さんは、このような惨劇にあってもまた立ち上がり、信仰を伝え続けていることに改めて尊敬の念を抱きました。

 西坂の二十六聖人殉教の地へと足を運びました。長崎のNHKの裏手にある所で、どんな苦しみにも耐えてきた二十六人の方々の旅が、終わりを迎えた地です。彼らの信仰の強さを感じながら、次に「大浦天主堂」に向かいました。まずは信徒発見のレリーフに向かいます。当時「フランス寺」と呼ばれたこの教会に、死の危険を顧みず出向いたのはほとんど女性だったとのこと・・・。
 しかし、二百数十年の間キリシタン弾圧に耐え、信仰を伝え続けてきた信徒の方々の強さを感じずにはいられません。まさしく「世界宗教史の奇跡」です。

 

 

 大浦天主堂を後にした私たちは、その後昼食をとり、聖コルベ記念館のある本河内教会に向かいました。
コンベンツァル聖フランシスコ会の司祭、マキミリアノ・マリア・コルベ神父さまがこの長崎の地でどのような宣教をし、そして、アウシュビッツ強制収容所で見ず知らずの人の身代りになった亡くなったその姿を、資料や展示物から学びました。説明してくださった平孝之神父様、ありがとうございました。


 
 予定にはありませんでしたが、最後に私たちは長崎の原爆資料館を見学することにしました。二度も被ばくした日本ですが、東日本大震災で私たちは自らの手で、自分たちを放射能にさらすことをしてしまったように思います。当時の被ばくした人々と、故郷に帰ることができない福島の人々の思いをもう一度共有するために、私たちはここでまた原爆に関して学習することとしました。
 二日目の日程は、炎天下の中、強行軍でしたがたくさんの収穫を得ることができました。明日の巡礼に備え、私たちは一路雲仙へと向かいました。

(三日目に続く)

 去る8月9日の登校日に合わせ、本年度で3回目となる「長崎県輝く私学支援事業指定長崎教会群巡礼旅行」を実施しました。
2泊3日で外海⇒長崎市内⇒雲仙各所に残された教会群およびその関連施設を本校中・高校生6名の生徒が訪ねました。
ここでは先ず初日の様子をお伝え致します。

外海歴史民俗資料館と、隣接されているド・ロ神父記念館では、
古代から現代に至る外海の暮らしを豊富な展示資料を通じて学びました。
外海は断崖が続き、良好な港の確保が難しいため漁業の発展が望めず、
強烈な潮風に晒される上、平地も少なく農地としても恵まれていなかったという歴史的な背景があります。
そうした地理的な条件もあってか、江戸初期に出された禁教令以降、
絵踏に代表されるような徹底的な信仰調査や弾圧・迫害の度合いは他地域と比べれば緩やかでものでした。
潜伏キリシタンの拠り所でもあった外海にもやがて弾圧の手がのびると、
安住の地を求め五島への移住に踏み切る住人も現れました。
キリスト教信仰を解禁される明治を迎えるまで彼らがどのような信仰生活上の困苦と向き合ってきたのか。
また、外海へ赴任したド・ロ神父様が文字通り生涯を賭け、
信仰復活のみならず、如何に草の根レベル(特に女性の就労・自立支援という観点)からの
殖産興業に尽力奔走されたのかを具に知るきっかけになりました。

開館時刻を若干過ぎてはいたのですが、丘陵に建つ出津教会堂にも足を伸ばすことができ、
巡礼を無事進められるようお祈りを捧げることができました。
最後に訪れたのは、遠藤周作文学館です。
夏季の開館時刻が特別に延長されていたお陰で、外海ならではの眺望も館内から堪能しながら、
遠藤氏の精力的な執筆活動の足跡を辿ることができました。
入館前に生徒たちには代表作『沈黙』のあらすじを紹介しましたが、
顧問としては彼女たちが在学中に遠藤氏の作品の一端にでも触れて
(『女の一生』・『沈黙』・『海と毒薬』等は映画化もされています)、再びこの文学館を訪れた際に、
氏と長崎を結びつけた縁や執筆動機、信仰の誕生と発展、挫折と受難、信徒発見に代表される驚愕と歓喜、
継承と深化、それら全てを内包した豊潤で神奥なナガサキを見つめ直すきっかけになればと切に願います。 
                                                     【文責 宗教部顧問】